薬学と私
第87回
薬学のすゝめ:幸福度世界一の国から
あなたの夢は?
私の小さい頃からの夢は「海外の人々とお友達になって一緒に仕事と人生を楽しみたい」でした。中学生の頃、授業参観で母は私の作文を目にして「自分は英語をしゃべれないから、家に外国人を連れて来たらどうしよう?」と心配していました。でも、後に私のアメリカ留学中に両親を呼び寄せて各地を一緒に旅行した時はとても喜んでくれました。特に、Death Valleyの異様な景色は強い印象に残ったようで、母は今でもまるで昨日の事のように話してくれます。
大学院博士課程修了以来38年間、私は日本の大学の薬学部で研究と教育に携わりました。この間、短期間でしたがスイスの製薬会社やフランスの大学でも経験を積み、アメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、イギリス、韓国、スウェーデン、フィンランド、スペインなどの人々と仕事をしました。国際科学雑誌の編集委員の一人として16年間欧米の研究者と共に働きました。また、国内外の著名な研究者の方々を研究室や研究会にお招きし、貴重なお話をお聴きし討論する機会に恵まれました。
振り返ると、私が小さい頃に描いていた夢よりも現実の世界は遙かに素晴らしく、本に書かれていない貴重な数々のことを学ぶことが出来ました。日々の出会いを大切に深い思いやりと尊敬の念を忘れないことが大切だとつくづく思います。
私が薬学を勧める理由
薬学部の魅力的なところは、化学と生物学を中心に物理、数学など理系のほぼ全ての知識と考え方を生かせることです。卒業研究では、興味を持った専門領域について更に知識と理解を深めることができます。このコーナーで紹介されているように、卒業後は非常に幅広い職種を選ぶことができます。中学・高校時代には将来、やりたいことを見つけることが難しいかもしれません。理系の科目が好きで、それを生かした仕事をやってみたいという方に、私は薬学部を一番にお勧めします。入学してから講義と実習を通じて、自分のやりたいことを見つけようとしても遅くありません。カリキュラムがとても充実しているので遊んでいる暇は余り無いかもしれませんが、その分、納得できる答えを見つけることが出来るかもしれません。
今からでは遅いと諦めてませんか?
高校時代、私は勉強にそれほど熱が入らなくて成績もパッとしない目立たない生徒でした。3年生の1学期まで放課後は図書館で受験と関係無い本を読みながらのんびり過し、ある日、司書の先生から「受験は大丈夫?」と心配されたことを覚えています。部活が新聞部だったからかもしれませんが、担任の先生から文系への進学を勧められていました。幸い工学部と薬学部に合格したのですが、両親の勧めもあって薬学部へ入学することにしました。その後、卒業研究を通じて「研究の面白さ」を知り、大学院への進学を決意しました。研究は自分の知識と考えを武器にした自然現象との闘いで失敗の連続ですが、自分が探していた答えを見つけた時の喜びは格別です。また、研究成果の評価がとてもフェアーであることは大きな励みです。信頼できるデータに基づかないでどこかの大御所がひらめきや先入観で言い出したことが、伝説のように信じられてしまうことがあります。しかし、信頼できるデータに基づいて証明すれば、誰にでも真実を明らかにすることが出来ます。そして、雑誌などに公表した論文は自分の名前と共に死後も残ります。
脳には異物の侵入から守る仕組み「脳関門」があります。私は、アメリカ留学以来35年間、この仕組みを解き明かし、その弱点を見つけて、異物である薬を脳へ到達させる方法を開発する研究に取り組んできました。コロナ禍の2020年に東北大学を定年退職し、フィンランドの小さな田舎町Kuopioに移り住み、2024年に古希を迎えました。こちらに来てからUEFの薬学部では新しいテーマ「眼を紫外線と異物から守る仕組みを解き明かし、その弱点を見つける研究」に取組んでいます。
私に比べたら若い皆さんは、まだまだ長~い人生が待っています。何もせずに言い訳を考えているよりも、走りながら答えを探してもいいのではないでしょうか?失敗を恐れず、諦めないで今日から取敢えず始めてみませんか!
幸福度世界一の国に住んでみて
フィンランドはムーミン、シベリウス、オーロラで有名ですが、2018年から連続で国連が幸福度世界一に選んだ国としても知られています。その幸福度の重要な指標の一つは「自然との共生」です。Kuopioは面積の25%を湖が占め、到るところにアート作品を見かけ、街全体がミュージアムのように感じられます。2月には氷点下30℃に達し、動植物が冬を越すのが厳しい環境です。でも、春になると街の公園には手入れの行き届いた花が溢れています。UEF薬学部の校舎は美しい湖の畔にあり、私は歩いてオフィスに通っています。毎晩、家のサウナに入って心と身体をリフレッシュし、週末は地元アイスホッケーチームの応援に出かけ、隔週の木曜日はコンサートホールへ足を運びKuopio city オーケストラの美しいクラシック音楽に心を癒やされています。住み易さに配慮した街造りの成果が実って、Kuopioの人口は年々増加しているそうです。
フィンランドは税金の高いことで有名で、9月から消費税は25.5%に上がりました。日本の税金も決して安くないと思いますが、使われ方が大きく違うと思います。特に、国の基盤と言える教育に莫大な税金が使われています。子供の教育費(給食費を含めて)は国と自治体が負担することから、親の年収と無関係に子供は自らの将来を選ぶことができます。さらに、大人の教育にも大きな機会が設けられています。退職後は相応の年金が支給され、日本の二千万円問題のような話は聞いたことありません。将来、子供が親の世代になった時に、その収入は主に日々の暮らしを豊かにする為に使うことが出来るということもフィンランドの幸福度が高い理由に挙げることができます。モノが溢れている日本に比べると生活は慎ましやかだと思いますが、実り豊かな人生を生涯に渡り安心して送ることが出来るこの国の人々を心から羨ましく思います。
いつの間にか私達は、海外や海外の人々から学ぶことの大切さを忘れてしまったような気がします。海外から日本を見つめ日本人について考え、学ぶべきところや改めるべきところを個人のレベルでも取り入れたら、あなたの幸福度をさらにアップさせることができるかもしれません!