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薬学と私

第84回
自然科学と薬学と

千葉大学名誉教授
髙山廣光先生

 日本の大学では多くの薬学部が英名をFaculty of Pharmaceutical Sciencesとしています。Scienceというワードが入っているのは薬学部が自然科学(あるいは理科)に関わる学問と密接に繋がっているからです。このコラムを読んでくださる高校生や若い現役の薬学生の皆さんに、薬学でサイエンスすることの魅力を知っていただきたいと願い、私の歩んできた道と思いを記すことにしました。

理学部か薬学部か

 私は長野県松本市の自然豊かな環境の中で育ちましたので、子供の頃から自然や自然現象に関心がありました。自慢話になってしまいますが、小学生の時、夏休みの自由研究(何かの観察だったと記憶しています)の成果を発表し、3年連続で松本市から表彰状を戴きました。バスケットボールに明け暮れた中学・高校時代でしたが、理科が少し得意で、中でもなんとなく化学が好きでした。ということで、大学進学を考えた時にまずは理学部が頭に浮かびましたが、薬学部でも化学ができるという話を化学の先生からお聞きし(ついでに薬剤師の資格が取れればラッキーぐらいの軽い気持ちで)千葉大学薬学部に進学しました。

天然物(化学)との出会い

 大学での出だしは(何故か自分でもわかりませんが、バスケットボール燃え尽き症候群故か)ドイツ文学研究会というサークルに所属しました。ここでの活動は長続きしませんでしたが、これが後にドイツ留学を決める際のハードルを下げてくれることになりました。4年生になっての研究室配属先は(故)坂井進一郎教授が主宰しておられた薬化学教室で、ここで初めて天然物(天然有機化合物)なるものを知りました。研究室では主に、植物から取り出した複雑な構造の有機化合物をフラスコ内で化学的に変換・修飾することで更に複雑な化合物を作り出す実験が行われており、これが私にとってはとても新鮮でいつの間にか天然物化学の虜になりました。大学院の5年間は、猛毒で知られるトリカブトの化学成分の探索、化学変換、毒性発現の構造活性相関研究を行いました。この研究を進めるために植物採集や精密有機合成化学の実験を楽しみながら有機化学の勉強に勤しみました。研究開始当初、高尾山で採集したトリカブトから二つの新規天然物を発見・構造決定し、これらに対して「Takaosamine」「Takaonine」と坂井先生より命名いただきました。自分の手で新しい天然物を発見し、これが初めて論文に掲載された時の感動は今でも忘れられません。博士課程3年生の時、アレキサンダーフォンフンボルト財団に応募したところ幸運にも採択され、博士課程修了と同時に2年間のドイツ留学に旅立ちました。留学先のハノーバー大学有機化学研究所では天然物の全合成について一から学ぶと同時に、研究(サイエンス)に没頭できる至福の時を過ごすことができました。

研究から広がる人との繋がり

 ドイツから帰国後、富山医科薬科大学で研究者としてのキャリアをスタートすることができ、その後千葉大学薬学部の出身研究室に戻ってくることになりました。以来、私はアルカロイド「定義:窒素原子を含む天然有機化合物(一次代謝産物を除く)」をテーマに研究を行ってきました。例えば、植物の成分を探索することで、がん細胞の増殖を抑えるアルカロイドやモルヒネのように中枢神経に作用して痛みを抑えるアルカロイド、認知症改善効果が期待できるアルカロイドを含め、有用な薬理活性を持つ天然物を数多く発見しました。さらにこれらのアルカロイドの化学合成と構造活性相関研究を行うことで、(残念ながら現役中に薬そのものを作り出すことはできませんでしたが)新薬の基になりそうな化合物をいくつも得ることができました。ちなみに、定年退職の際の最終講義のタイトルは「アルカロイドを化学して幾星霜」でした。研究を行う上で極めて大切なのが自分とは異なる分野の共同研究者です。薬理学、毒性学、生化学、生命工学、植物分類学、計算科学の専門家はもちろんですが、ここであえて触れたいのは海外の共同研究者とのお付き合いです。これまでにタイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、台湾、中国、エジプト、イギリス、ドイツ、アメリカ、ペルーの研究者とさまざまな形で共同研究を行なってきました。事実、私が発表した原著論文の内、約50%に外国の研究者の名前が共著者として入っています。研究の広がりに加え、時には相手国を訪問することで異なる価値観や(食)文化に触れることができました。また、自分の研究を深化させるためには学会活動も重要です。研究成果を発表(アピール)し同業者(競争相手)との最新の情報交換はもちろんですが、参加者との交流を深めることで気が置けないたくさんの仲間ができました。私は天然物化学を専門に研究してきましたので、天然有機化合物討論会や天然物化学談話会といった学会に積極的に参加しました。この学会は薬学、理学、農学、工学、生命科学などの学部に属す研究者が天然有機化合物を共通項に集うヘテロな集団(Society)であるため、さまざまな分野や学部の先生方と親交を深めることができました。

薬学でのサイエンス

 日本薬学会が発行している小冊子「これから薬学をはじめるあなたに」の中で「新しい薬剤を作り出す=創薬」のための長い道のりがわかりやすく解説されており、薬学部での研究、即ち(皆さんが習ってきた)化学、生物学、物理学を基盤とした先端的な研究が創薬のために重要な役割を果たしていることが理解できます。薬学部は薬の専門家を育成するためだけの場ではなく、創薬や生命科学研究の進歩にも大きく貢献しています。冒頭でも触れましたが、薬学部では自らの選択でサイエンスを楽しみながら追求することができますので、理科や自然科学に興味をお持ちの学生さんは是非薬学部での研究者を目指して欲しいと願います。