menu

薬学と私

第83回
薬学と日本学術会議の関わり〜多様な分野との繋がりを生かす〜

慶應義塾大学名誉教授
日本学術会議副会長
望月眞弓先生

はじめに

 私は2020年10月から第25期日本学術会議副会長(組織運営及び科学者間の連携担当)を務めております。これまで「薬学と私」では薬学をバックグラウンドとして社会で活躍された皆様が、薬学との関係性をご自身の歴史とともに語られていますが、今回私は日本学術会議(以下、日学)と薬学との関係について、私の日学での活動をたどりながらお話しさせていただきます。

日本学術会議の概要

gaiyou2.jpg 日本学術会議ホームページより:https://www.scj.go.jp/ja/scj/index.html

 日学は様々な専門領域の科学者である会員(定員210名)と連携会員(約2,000名)から構成される日本を代表する科学者コミュニティです。日学は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的に活動しています。会長は会員による選挙により選出され、副会長は会長からの指名で選出されます。薬学を専門とする副会長は私がはじめてだろうと思います。日学は近年、多様性を重視し、男女共同参画を推進し専門分野も総合的・横断的な視点で活動しており、私が副会長に就任するに至った背景にはこのことがあると考えています。 日学は、総会、幹事会のほか、第一部(人文・社会科学)、第二部(生命科学)、第三部(理学・工学)の3つの分野に分かれる分野別委員会を中心に活動しています。薬学委員会は第二部に属し、2022年5月現在、会員3名、連携会員8名で構成されています。薬学委員会の下には、化学・物理系薬学分科会、生物系薬学分科会、医療系薬学分科会、毒性学分科会、薬学教育分科会、地域共生社会における薬剤師職能分科会が単体の分科会として存在しています。この他に他の分野との合同の分科会も複数存在します。それぞれの分科会にはそれぞれの専門分野の会員や連携会員が所属して、科学的助言(提言、報告など)を発出し、学術フォーラムや公開シンポジウムを開催するなどして社会に情報発信しています。

最初の日本学術会議への参加は専門薬剤師のあり方の検討

 私が日学に参加したのは2005年10月(第20期)からです。当時、癌研究会・癌化学療法センター所長の鶴尾 隆先生(日学第二部会員)から専門薬剤師のあり方の検討を要請され、薬学委員会専門薬剤師分科会の委員長として「提言 専門薬剤師の必要性と今後の発展−医療の質の向上を支えるために−」をまとめさせていただきました。当時は専門薬剤師という名称での認定は日本病院薬剤師会のがん専門薬剤師、感染制御専門薬剤師、精神科専門薬剤師、妊婦・授乳婦専門薬剤師、HIV感染専門薬剤師のみの時代で、専門薬剤師が果たすべき役割の明確化と社会に対する質保証が必要になるということを提言しました。この取りまとめでは副委員長であった当時京都大学医学部附属病院薬剤部長・教授の乾 賢一先生(日学連携会員)に多大なご指導をいただきました。この提言がきっかけとなり、専門薬剤師を専門医師と同様の質保証をすべくがん専門薬剤師を日本医療薬学会が認定することに変わりました。その後、このテーマは2014年1月(第22期)チーム医療における薬剤師の職能とキャリアパス分科会「提言 薬剤師の職能将来像と社会貢献(委員長:平井みどり連携会員)」、2020年9月(第24期)薬剤師職能とキャリアパス分科会「提言 持続可能な医療を担う薬剤師の職能と生涯研鑽(委員長:安原眞人連携会員)」へと発展しました。現在、この提言の検討で幹事を務められた矢野育子連携会員が厚生労働省の「国民のニーズに応える薬剤師の専門性のあり方に関する調査研究」の中で専門薬剤師制度の質保証の仕組みや国民ニーズに合わせた専門薬剤師のあり方について検討を進めておられます。2020年10月(第25期)からは地域共生社会における薬剤師職能分科会(委員長:入江徹美連携会員)に引き継がれ、第24期に発出した提言を社会に普及するため公開シンポジウムを開催するなど活発に活動されています。これらの意思の表出に当たっては関係する学協会や日本薬剤師会、日本病院薬剤師会、厚生労働省、文部科学省からのご支援、ご協力もいただきました。

薬学分野の学術の推進を検討

 日学では専門的職能に関する検討も行なってきましたが、当然のことながら学術を推進するための大学院のあり方や研究推進の方策、学会活動のあり方などの議論をたくさん行ってきました。薬学委員会関係では、2008年7月(第20期)「報告 医療系薬学の学術と大学院教育のあり方について(委員長:橋田 充連携会員)」、2011年8月(第21期)「提言 国民の健康増進を支える薬学研究 ―レギュラトリーサイエンスを基盤とした医薬品・医療機器の探索・開発・市販後 研究の高度化を目指して−(委員長:橋田 充会員)」、2017年8月(第23期)薬学教育分科会「報告 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準−薬学分野−(4年制教育を中心として)(委員長:奥直人連携会員)」、2017年9月(第23期)医療系薬学分科会「報告 社会に貢献する医療系薬学研究の推進(委員長:望月眞弓連携会員)」などを発出しています。昨年12月に出した「報告 品質保証に関わるモノからの健康・医療へのアプローチ(委員長:寺崎哲也連携会員)」では、医薬品や保健機能食品の品質保証における薬学及び薬系人材の重要性を取り上げています。この報告については、本年末の第96回日本薬理学会年会/第43回日本臨床薬理学会学術総会で共同主催のシンポジウムを企画し、また、日本薬学会主催医療薬学フォーラム2022のシンポジウムで紹介することになっています。

これから重要になる分野横断的な議論と学協会の連携

 私は20年近く日学の中で活動してきましたが、これまでの薬学委員会の議論は「薬学」の中で閉じた議論が多かったように思います。日学自体の活動も総合的、分野横断的な活動は十分ではないと言われてきました。現在、日学では2021年4月に発出した「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」の中で、総合的・俯瞰的視点の重要性を強調しています。第6期科学技術・イノベーション基本計画でも世界と伍すために今後わが国が目指すべきは総合知の推進であるとしています。薬学は元々が分野横断的で、有機化学、物理化学、生物化学、衛生化学、薬剤学から臨床薬学に至るまで幅広い学問分野が存在します。それぞれに専門学会も存在します。日学内では薬学領域のさまざまな分野を横断して研究者が議論し、情報発信してきました。しかし、それ以外の場で専門学会が共同して活動することは少なかったように思います。今後は、これらの学会が新たな価値の創出に向けて連携することがとても重要なことである思います。もちろん医学や看護学、農学などとの連携もあるでしょうし、さらには理学・工学や人文・社会科学との連携もあると思います。例えば、有効で安全な医薬品の創出にはこれまでの薬学がカバーしてきた研究領域だけでなく、工学的な発想による医薬品の包装・資材などの工夫やリスクコミュニケーションによるリスクマネジメントもあると思います。これからの薬学には分野を超えて国を超えて活躍する研究者の育成が求められ、それを薬学関係の学協会、大学は強く推進していただきたいと考えています。


(文中のリンク先は日本学術会議のホームページです)