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薬学と私

第82回
研究成果を社会に:日本薬学会の学術誌活動

熊本大学大学院生命科学研究部
大槻 純男 先生

研究と成果公表

 これまでの「薬学と私」は様々な分野で活躍されている方々の薬学とキャリアについてのお話がメインでしたが、今回は大きく内容を変え、薬学研究における成果の公表とそれに関わる薬学会の活動について紹介します。研究のあまり知ることない一面を知っていただければ幸いです。
 研究と聞いて皆さんが思い浮かぶイメージは、机に向かって一心不乱に実験をしている研究者の姿ではないでしょうか。新しい技術の開発や、生命の新しい真理に迫り新薬・新治療開発につながる実験は研究の重要な側面です。一方で、研究者にとって、実験から得られた成果を公表することは研究の仕上げであり、必須な活動です。最新の研究成果が公表される事によってはじめてその成果が社会に還元され役に立つことができます。メディアにおいて新型コロナウイルス感染症に関する最新成果が紹介される事が多くなり、皆様も成果公表の重要性について感じているのではないでしょうか。
 研究成果の公表には大きく二つの方法があります。ひとつが学会での発表です。学会は関連する研究者が集まった組織で、定期的に成果の発表会を行います。日本薬学会は薬学関連研究者が集まった組織で、毎年3月に年会を開きます。年会では会員の研究者がスライドやポスターを使い最新研究成果を発表します。もうひとつの研究成果の公表方法は学術誌(ジャーナル)での発表です。学術誌は成果をまとめた「論文」を集めた雑誌です。多くの学術誌があり、それぞれの学術誌は関連する研究の論文をまとめ定期的に発行されています。学会での発表で成果情報を得るのは参加者のみで限定的ですが、論文発表は全世界の研究者が成果にふれることが可能です。日本薬学会は学会として成果公表の場を提供し、社会に貢献するため複数の学術誌を発行しています。私は日本薬学会の学術誌活動に長年携わっているため、ここでは学術誌での成果公表について紹介します。

学術誌での論文発表

 研究者は研究で得られた成果をその研究の目的や実験内容を含めて論文としてまとめます。書店に並ぶ雑誌が特定の内容に興味をもつ読者のために関連の記事をまとめているように、各学術誌は特定の研究領域の論文をまとめ定期的に発刊されています。一部には、研究領域を限定しない学術誌もあります。学術誌に論文を掲載するために原稿を送ることを「投稿」といいます。投稿した原稿はそのまま学術誌に掲載されることはほとんどありません。論文の内容が学術誌に掲載するに相応しい内容か審査されます。この審査は複数名の研究者によって行われます。審査により修正が要求された場合は、論文原稿を修正し再度投稿します。また、掲載が不許可となる場合もあります。このように内容が精査された論文が学術誌に掲載されるため、論文に記載されている内容の質が確保されています。この論文の審査プロセスは研究者のボランティアによって行われており、全世界の研究者の研究の質と信頼性を維持するための貢献活動が学術誌による論文発表を支えています。

日本薬学会の学術誌と会誌

 日本薬学会が月刊で発行している学術誌と会誌を下記に紹介します。
・薬学雑誌 (https://www.jstage.jst.go.jp/browse/yakushi/-char/ja)
学会創立の翌年(1881年)に創刊された最も長い歴史を有する学術誌です。薬学全般に関する和文論文が主に掲載されています。

・Chemical and Pharmaceutical Bulletin (https://www.jstage.jst.go.jp/browse/cpb/-char/ja)
1953年に創刊され、薬学と健康科学に関する化学分野に関する英文論文が掲載されています。

・Biological and Pharmaceutical Bulletin (https://www.jstage.jst.go.jp/browse/bpb/-char/ja)
1978年に創刊され、薬学と健康科学に関する生物・医療分野に関する英文論文が掲載されています。関連雑誌としてBPB reportsが速報誌として発行されています
(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/bpbreports/-char/ja)。

・ファルマシア(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/faruawpsj/-char/ja)
会員のために発行している会誌です。薬学研究の最新動向や、最先端の研究、いま話題のテーマなどを分かり易い内容にまとめて掲載し、会員に情報を提供しています。

 いずれの雑誌の記事もリンク先でオンライン閲覧可能です。ファルマシアは読み物として薬学研究に最初にふれるよい機会となります。日本薬学会会員以外の方には1年以上経った記事をフリーでお読みいただけます。薬学雑誌は最新の研究成果を日本語でお読みいただけます。他の2誌は英文となりますが、研究における論文発表を直に見ていただけます。興味を持たれた雑誌に一度アクセスしていただけると幸いです。

学術誌の最近の流れ

 一般のメディアでの情報の流れがインターネットの発展と共に大きく変化していると同様に、学術誌での論文発表も近年大きく変化しています。書籍が紙媒体から電子媒体へと変化しているように、学術誌も電子媒体へと移行しています。学術誌が紙媒体で発行されていた時は、論文を読むためには学術誌が置いてある図書館に行かないと読めませんでした。電子媒体になるとコンピュータの画面で論文が容易に読むことが可能となります。日本薬学会においては上記の学術誌と会誌は紙媒体と電子媒体の両方で提供してきました。しかし、紙媒体を読む読者が激減し、発行する意義を考え直す時期にきています。そのような状況の中、日本薬学会では2022年2月からChemical and Pharmaceutical Bulletin及びBiological and Pharmaceutical Bulletinは電子媒体のみの発行に移行します。電子媒体のみの発行となることでよりスピーディーに成果を公表することが可能となります。
 学術誌の多くは出版社が発行しているため、掲載されている論文を見るためには料金を支払い購読する必要があります。一方で、研究成果は広く社会に公開することが望まれるため、上記のような読む側が料金を支払う方法は望ましくないと考えられます。そこで、論文を掲載する側が掲載料を払い、読む側は自由に読める掲載方式が広まりつつあります。その一つがオープンアクセス誌です。薬学雑誌、Chemical and Pharmaceutical Bulletin及びBiological and Pharmaceutical Bulletinは厳密なオープンアクセス誌ではありませんが自由に読めるフリーアクセス誌です。
 研究者にとって論文が掲載される時期は重要です。しかし、論文の審査に時間がかかり他の研究者に論文公開が先を越される事がありました。そこで、審査前の論文原稿をネットで公開し、迅速に研究者コミュニティで情報を共有するシステムが立ち上がりました。研究におけるYouTubeといえるシステムでありプレプリントと呼ばれます。新型コロナウイルス感染症関連成果でもプレプリントに掲載された内容がメディアで報道されました。注意すべきは、プレプリントの内容は審査を受けていないため品質保証の担保がないという点です。

最新の研究にふれる

 上記で紹介した変化にともない一般の方が容易に学術誌にアクセスできるようになっています。是非、薬学会の学術誌、会誌にアクセスしてみてください。また、特定の内容について最新の論文を見たい場合は、英語ですが下記のサイトで論文を検索することができます。
Pubmed (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/)
Google Scholar (https://scholar.google.com/)
論文の英文は単純ですので、がんばって専門用語の壁を乗り越えて下さい。また、オンラインの翻訳を活用するのもよい方法です。最新の研究にふれてみてください。
 また、研究を目指す方は、研究の仕上げてとしてこのような論文発表がある事を頭に入れておいてください。論文の作成には文章構築力、英語力、コミュニケーション力など理系以外の能力が必要です。全てに秀でる必要は無いですが、おろそかにしないで下さい。