薬学と私

第79回大学で経営学を担当する薬学部出身者が思うこと

専修大学商学部 教授
高橋義仁 先生

大学まで

 高校では、漠然と化学領域への進学を考えていました。進路選択の最終段階になって、「薬剤師免許も取得したい」という動機で薬学部を希望し、大阪薬科大学に進学しました。大学生活も後半になり、研究室で過ごす時間が増えました。著名な先生と優秀な先輩の下で、蛋白質構造解析の研究の手伝いをしていました。現在も抗体医薬などの研究に使われている技術で、医薬品開発に大きく貢献している分野です。しかし、基礎から真理を探究したいほどの情熱が結局生まれなかったため、就職を希望しました。

社会人生活のスタート

 実家が自営業をしていたからか、ビジネスには興味がありました。就職先の武田薬品工業の新任配属は国内営業部門でした。MRと呼ばれるお得意様へのルートセールスです。仕事には手を抜きませんでしたが、今月・今期の営業成績よりも、「企業としての優位性の構築するために何をすべきか」などということに興味を持ち、ビジネス書、経済新聞、経営学専門書などを読み漁っていました。日々の営業は、「戦術の実験の場」と考えていました。
 営業の仕事をしていると、製品開発(医薬品では効能拡大)のヒントがいろいろなところに転がっていることに気づきました。営業を通じて入手した「情報やアイディア」を本社に報告する制度があり、いろいろと本社に報告していました。当時は感覚的な発想ながら、「熱意だけで売ることよりも売る仕組みを作ることの方が、持続可能なビジネスをもたらす」と考えていました。
 入社後3年ほど経った頃から、企業の中枢である経営企画部門で仕事をしたいと考えるようになり、経営の基礎理論の習得とビジネス英会話の勉強を始めました。さらに数年後、会社の海外研修者公募に応募したところ合格し、海外で学ぶ機会をもらいました。公募には、「これからの経営を見据えた企業への提言」に関する論文が必要で、応募に際してある程度の英語力も必要でしたが、これまで夢を抱いて努力していたことが役立ちました。

海外留学

 海外研修先は自分で探さねばならず、機会を無駄にしないようにと、準備期間として与えられた半年間は努力しました。結果、MITスローン経営大学院への入学が許可されることになりました。選考基準は、大学が定める基準の英語力・基礎学力と企業経営に関するエッセイの内容です。日本の大学での選考基準である(暗記による)知識量はほとんど問われません。その点が私に幸運をもたらしたようです。
 ボストンでは、企業経営のケーススタディーを読み、その内容に基づくディスカッションに明け暮れました。MITのビジネススクールらしく、クラスメイトには理工学や医学のバックグラウンドを持つ人が多く、3割くらいはPhDMDの学位も持っていました。今でも、当時のクラスメンバーとの交流があり、当時のクラスメイトの国際ビジネスにも協力しています。

帰国後の仕事

 海外研修から戻り、製品戦略の仕事と経営戦略の仕事をしました。製品戦略では降圧剤を担当し、日本の医薬品として、単一の薬剤の売り上げ記録を塗り替えるまでに成長させることの手伝いをすることができました。経営戦略部門では、欧州・アジアエリアの販売管理統括と研究開発管理の統括および子会社管理を担当しました。
 海外で高度な専門職に就くには、その能力の証明である修士・MBAPhDの取得が有利で、ホルダーの発言は重く受け止めてくれます。例えば、有名大学の学部卒とそれほど有名ではない大学のPhD取得者では、当然にPhDの方が上という認識と思います。そういう意味で、最初の就職後も大学院で学び直す方が多くいます。私も、海外での仕事を見据え、企業に在籍しながら、早稲田大学国際経営戦略専攻・博士課程の門をたたき、PhDを取得しました。
 一方、仕事では、ビジネススクールで経営のダイナミクスに触れ、刺激を受けた経験からすると、経営戦略とは名ばかりの「形式的業務」に徐々に退屈し、大した権限もなく、自分の考えが企業トップに届かないことに面白さの限界を感じていました。自分らしい仕事をしたいと考え、帰国後5年を区切りに37歳で転職を考えました。

大学への転身

 文系もポストは、ほとんどが公募で決まっていきます。仕事をしながらでしたので、スローペースでしたが、この頃にはある程度の学術業績を作っていました。最初に得たのは、早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構の専任助教授(技術経営)ポストでした。任期がついているポジションで、日本のポスドク問題の現状も知りました。ここでは大した貢献もせず、テニュア獲得を優先して転職、次いで、東北地方の公立大学に移ったものの、またしても全員任期制に移行するとの話が水面下で出たため、さらに現職(専修大学商学部)に移りました。現在は、皇居近くのキャンパスで経営戦略論などの授業を提供しています。研究テーマとしては、特に研究開発マネジメント、国際企業の戦略経営、多国籍企業の企業統治などに関心をもっています。

20210510senshuuniv.jpg 専修大学神田キャンパス(写真中央の日本武道館のやや手前)(©学校法人専修大学)

日本の教育に思うこと(特に薬学に関して)

 長年、文系学部で学生さんと向き合っていますが、文系卒業生の進路は非常に多様です。一方、薬学生・院生の進路は、病院薬剤師、薬局・ドラッグストア(薬剤師)、公務員(薬系専門職)、製薬企業(研究開発・営業)がほとんどではないでしょうか。世界の方々のキャリア形成を見て、日本だけが、大学での専攻にとらわれ過ぎていると思います。そのことが、人材流動性を制限し、適材適所と新規産業への移行を阻害していると感じます。
 雇われるものと雇うものの格差を考えれば、また経営の中枢にいるといないとでは、できることはまったく変わってきます。そのため、最終的な目標は経営者と考え、ビジネスを学ぶ方が海外には多くいます。医師や科学者、企業での特定領域のスペシャリストなど、高度専門職能のバックグラウンドを持つ方に、特に多い傾向があると思います。それが海外の強さに関係していると思います。米国では、大学入学までに経済学とホーム・ファイナンスを学びます。それが生きていくうえで重要な科目であると認識されているからですが、この点も国力に影響しているかもしれません。薬学部卒業生も、将来、企業で活躍する方がほとんどであるにもかかわらず、経営学、経済学、ファイナンスといったビジネス関係科目を学ぶ機会がほとんどないことが、活躍の芽を摘んでいるように感じます。経験からの一つの意見ですが、改善が必要でないかと思います。
 私の「薬学と私」では、薬学の魅力を紹介しきれておらず、その点はお詫びしなければなりません。しかし、私なりに、企業での活動、大学での経営教育・研究に「薬学の専門性」をベースにしてきました。キャリアのアンカーには、大学レベルの何らかの専門性が必要といわれますが、薬学は応用範囲の広いアンカーになり得ると思います。