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薬学と私

第75回
元劇団四季の歌う薬剤師は凄いらしい

株式会社ニュードア 代表取締役
小倉 佑樹 氏

元劇団四季の歌う薬剤師

 「しーんぱーいないさー」皆さんにはやりたいことや夢はありますか?

歌との運命的な出会い

 私の音楽人生は5歳から習い始めたヴァイオリンです。そんな私が歌と出会ったのは中学2年生の時です。友達からもらった1枚のカセットテープ。運命の出会いでした。初めてクラシック以外の音楽に触れた瞬間でした。中身は「B'z」というロックバンド。それからというもの、全財産を叩いてレンタルショップに置いてあるCDを片っ端からカセットテープに吹き込んでは、毎日自宅で全ての曲を暗譜するまで歌いこんで、ワンマンリサイタルを開催していました。高校時代は合唱曲に魅了されコーラス部に所属し、ただ単に声を出して歌うだけではなく、発声を通していかに声を楽器として扱うことができるのかという「声楽」に目覚めていきました。
『夢中になっていれば練習は楽しめます。私は仕事でも何でも自分の心がワクワクすることに常に耳を傾けています。』

薬学部に所属しながらプロとして演奏活動を開始

 大学時代になるとさらに声楽にのめり込んでいきました。多数の団体を掛け持ちし、週末は演奏会、結婚式場などで仕事として歌っていました。つまり、大学の講義以外の時間は全て音楽に費やしていたのです。ですが、ここで勘違いしてほしくないのは、本業の学業を絶対に疎かにしないと決めていました。実は大学1年生の時、学業は片手間で音楽ばかりやっていたのですが、どうにも居心地が悪くてずっとモヤモヤしていました。そこで本来自分がやるべき学業をきちんとやり、それから自分がやりたい音楽に集中する方法にスイッチしてみました。すると不思議なことに音楽で変化が起き始めました。色々なところから声がかかるようになり、世界がどんどんと広がっていき、音楽で生活費を稼ぐこともできるようになっていったのです。
『目の前にあることを先ずは精一杯取り組むことで、次へのステージの扉が開くことを学びました。』

大学院時代の唐突な先輩の一言が運命を変えた

 私は大学院では有機化学の創薬に携わっていました。修士課程修了後の進路について考えていたときに、研究室で先輩が「昨日、夢で化合物AとBが化学反応を起こして、Cの合成に成功したんだ」って楽しそうに話しているのを聞き、思わずハッとしました。この先輩は有機化学を夢で見るくらい大好きなんだと伝わってきました。果たして私は今やっていることは夢を見るくらい本当に好きなことなのだろうか?本当に自分が目指している姿なのだろうか?こんなに有機化学が好きな人と世の中で勝負していけるのだろうか?そんなことを感じ始めた時に、なんと偶然にも劇団四季のオーディションに出会うのです。実は高校時代、友達に誘われて劇団四季の「オペラ座の怪人」を観劇したことがあり、作品の世界観にもの凄く引き込まれたことを思い出しました。私の心は一瞬で決まりました。この世界で歌を歌ってみよう。本気のチャレンジをしてみよう。
『好きこそものの上手なれと言いますが、どんなに才能がある人でも、好きなことに打ち込む人には最終的に敵わないのではないかと思うのです。』

薬局~劇団四季~芸能事務所~薬局とひと回り

 大学院を中退した私は声楽を学びながら薬剤師として薬局で働き始めました。田舎町の薬局だったので、処方せん調剤はあらゆる診療科に対応することはもちろんのこと、OTC医薬品についても何でも相談に乗りました。私の薬剤師としての基礎の力はここで培われたように思います。この時も劇団四季を目指すからといって、薬剤師として中途半端に働きたくはなかったので、薬剤師の仕事にも真剣に取り組んでいました。おかげで薬局の経営についても興味を持つこともできました。音楽でも着実に実績を積み、遂に声楽コンクール全国大会で男性第1位を獲得し、劇団四季のオーディションに見事一発で合格を果たしました。そして入団初日に渡されたのが、なんと「オペラ座の怪人」の台本でした。驚くことに高校時代に「オペラ座の怪人」に誘ってくれた友人と劇団四季で再会したのです。入団後は年間300ステージ以上をこなし、「オペラ座の怪人」をはじめ、「美女と野獣」、「キャッツ」、「ライオンキング」などの作品に関わりました。入団後も役を獲得するために座内オーディションを受け続け、自分の力を試せることにやりがいを感じていました。その結果、役にも抜擢されるようにもなりました。その後、さらに活動の幅を広げるために芸能事務所へ移籍し、主に舞台俳優として活動しました。それと同時に再び薬剤師も始めたのですが、その時に出会ったのが「在宅医療」でした。一人一人の患者さんとより深く関わることで、医療を通じて伝えられることと、音楽を通じて伝えられることは、実は同じことなのではないかと感じるようになりました。それならば、薬剤師であり音楽家でもある自分にしかできないことをするための会社を作ってみようと起業を考え始めました。
『手段や方法は違えど伝えたい想いはどんなことでも行きつく先は同じなのだと思います。』

人生は遠回り、万事塞翁が馬

 その後、薬剤師としては漢方・中医学と出会い、本場中国や台湾などに東洋医学を学びにも行きました。そして、6年前に兵庫県姫路市に「うたごえ薬局」を開局し、処方せん調剤、OTC販売、漢方相談、在宅医療に取り組んでいます。また、昨年には同じく兵庫県姫路市に「うたごえ保育園」を開園しました。在宅業務で看護師や管理栄養士と関わった経験から、保育園にも看護師、管理栄養士を配置し、「病児保育」や「食育」にも力を入れています。演奏活動はますます幅を広げており、企業・団体・自治体が主催するイベントに招かれるだけではなく、ミュージカル公演やコンサートなどへの出演依頼が1年先まで予定に入るようになってきました。残念ながらコロナ禍によって、今年予定されていた公演は今のところ再開の目途は立っていませんが、アーティストとしていま出来ることや新たなチャレンジのために、リモート演奏やネットライヴへの出演などを企画しています。昔と違い音楽家もただ演奏するだけでは生活するのは難しい時代になってきました。音楽家のみならず、薬学に携わる私たちも、世の中の変化に柔軟に対応する力が必要だと思います。
 そのためにも、まずは自分の限界を自分で決めず、経験したことのない世界から目を背けないことです。そしてとにかくやってみることです。やってみて途中で違うと感じればやめることもできるのです。私もたくさんやりました。そしてたくさんやめました。それを失敗ととるのか、次への糧とするのかは自分次第です。現在は情報がたくさんありますが、私は常に「百聞は一見にしかず」です。とにかく興味を持ったことは、私は直ぐに自分の目で確かめに行き、その場の空気を肌で感じるようにしています。最後に、目の前にあることにとにかく騙されたと思って真剣に取り組んで下さい。初めは興味がなくても掘り下げる内に不思議と次に自分が何をやってみるのか、何に興味があるのか、自ずと世界は見えてくると思います。やりたいことはないのではなく、目の前のことに精一杯向き合わなければ見つからないのだと思います。それでは無限の可能性の世界でお待ちしております。