活薬のひと
細胞療法の未来:
個別化医療の新たなフロンティア

ARC Therapies 株式会社
代表取締役
鈴木 蘭美 氏
初めてのインスピレーション
子供の頃の鮮明な思い出の一つは、人間の体内を小さくなった人たちが宇宙船のような乗り物に乗って旅をするシーンです。未来にはこんな時代が来るのかと、心馳せました。その時、子供ながらに気になったのは、宇宙船のような乗り物が固そうだということです。体内の細胞にあたると、場合によっては傷つけてしまうのではないかと。その宇宙船が体内の胎児に出会ったときには、そっと、そっとしてダメージを与えないでほしいと願いました。
現在の挑戦:細胞療法
数十年経った今、私が描いている未来は、細胞を使って病気を克服する細胞療法です。英語ではCell Therapiesと言われ、Cell & Gene Therapiesという領域で取り扱われることもあります。「細胞ロボット」(と私は呼んでいます)が、私たちのがん細胞を除去したり、過剰な炎症を抑えたりする、そんな未来を目指しています。この「細胞ロボット」はヒトの細胞を用いるためしなやかで弾力性があり、不必要に周りの組織を傷つけません。また体内の環境とうまく調和して持続し、長い間効果を発揮してくれます。
幸いにも、我が国の国立がん研究センターでは、世界に先駆ける研究が日夜行われています。臨床現場に非常に近い環境ですので、医療の現実を直視しながらの研究が進んでいます。がんの診断や治療は、過去30年ほどで大きく進歩したと言われていますが、まだまだ救えない命がたくさんあるのも事実です。世界中でがんによって毎年約960万人が亡くなっています。過去10年間でがんの新規症例数は約33%増加し、現在世界で約4400万人のがんサバイバーが、がんから回復した後も治療やケアを必要としています。
研究内容と成果
私たちの研究は、個別化医療の新たなフロンティアを切り開くことを目指しています。具体的には、患者さん自身の免疫細胞を活用し、それを遺伝子改変することで、がん細胞を攻撃するなどの能力を持たせることを試みています。弊社の一例を挙げると、ATLL(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma成人T細胞白血病リンパ腫)などの患者さんの血液から採取したT細胞を用い、そのT細胞に特定の抗原(CCR4)を認識させる遺伝子を導入します。この遺伝子改変されたT細胞は、体内のがん細胞の表面に特異的に存在する抗原を識別し、これに結合します。結合したT細胞は、がん細胞に対して直接攻撃を開始し、これを破壊する能力を持つようになります。改変されたT細胞は再び患者さんの体内に戻され、体内を巡りながらがん細胞を見つけ出して攻撃します。
Emily Whiteheadさんの成功例
アメリカでは、Emily Whiteheadさんという少女が最初の小児患者として細胞療法のひとつであるCAR-T細胞療法を受け、大成功を収めました。EmilyさんはALL(Acute Lymphoblastic Leukemia急性リンパ性白血病)に罹患し、通常の治療法では効果が見られず、家族は絶望の淵に立たされていました。しかし、CAR-T細胞療法を受けたことで、彼女は病気を克服し、治療から10年経った今でも元気に過ごしています。このような成功例は、細胞療法の可能性を示す一例であり、私たちの研究にも大いに励みになります。
ただし、再発したALLに対するCAR-T細胞療法を受けた全ての患者がEmilyさんと同じ結果を得られるわけではありません。現在、再発ALLに対するCAR-T細胞療法を受けた患者の90%以上が寛解に至り、そのうち約50%は再発することなくがんのない状態を維持します。残りの50%は最終的に再発しますが、CAR-T療法が導入される前は再発ALL患者のうち、再発しない患者はわずか9%だったことを考えると、大きな進歩と考えられます。
未来へのビジョン
私たちは免疫ジェノミクスを主眼に置き、各個人に最も適した細胞療法を提供できるシステムの構築に励んでいます。細胞プロセスを可能な限り自動化・閉鎖型にし、がんセンターや大学病院などのポイントオブケアで行うことにより、高品質な細胞療法を比較的低価格でより多くの人々に提供したいと考えています。また、既存・既知の抗原がない患者さんに対しては、AIをフル活用して、その人のがんの抗原を標的とした細胞療法を創り上げることを目指しています
さらに、細胞療法は世界中で多くの研究が行われており、より効果的かつ効率的な治療法を目指した発見が日々積み重ねられています。血液がんだけでなく、固形がんへの応用も期待されており、今後の発展が大いに期待されます。
おわりに
私たちの前進は容易ではないと思います。多くのチャレンジが存在し、困難な道に出くわすことも多いでしょう。しかし、私たちの未来、そして子孫の未来において、細胞療法で沢山の人々の命を救うことができるよう励んでいます。
日本薬学会の皆さんとも力を合わせていくことができれば、大変嬉しく存じます。