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活薬のひと

核酸医薬品創薬に挑戦する

日本新薬株式会社
取締役 研究開発担当
兼 研究開発本部長
高垣 和史 氏

「どうして御社は核酸医薬に取り組もうと思われたのでしょうか?」社外の方からよく聞かれます。「私が入社したときにはもう始まっていました。」と言うのが正確な答えになります。製薬企業では、数多くのプロジェクトが生まれ、ほとんどのプロジェクトは失敗に終わることを考えますと、どうして継続出来たのかということも重要だと思います。本文では核酸医薬への挑戦について過去を振り返り、現時点での課題についても記載します。

1.核酸研究の始まり

 当社の核酸研究の始まりは、私の入社時の上司である矢野博士に因るところが大きいと思います。矢野さんは核酸化学で学位を取得しましたが、入社後、米国留学で分子生物学を学び、帰国後、当社の分子生物学研究が始まりました。当時のテーマは、有用蛋白の探索・生産、モノクローナル抗体開発、それに核酸による抗がん剤開発でした。核酸のテーマでは、ポリI・ポリCという核酸ホモポリマーを抗がん剤に応用するために、化学修飾により易分解性とすることで毒性を抑え、活性と安全性のバランス改善を図りましたが上手くいきませんでした。

2.NS-9プロジェクト

 次に、毒性の低い低鎖長のポリI・ポリCをカチオニックリポソームと組み合わせることにより、強い抗がん活性と安全性の実現を目指しました。新たなカチオニック脂質を合成し、安全性面で優れたカチオニックリポソーム、LIC-119を創り、ポリI・ポリCとの複合体、NS-9を創成し、2000年の始めに米国で転移性肝癌を適用とした臨床試験を実施しましたが、抗癌作用を示すまで投与量を上げることは出来ませんでした。その当時は判らなかったのですが、NS-9には自然免疫賦活作用があることが原因でした。

3.siRNAのプロジェクト

 配列特異性をもたない核酸プロジェクトに併行してハイブリダイゼーションによる配列特異的に作用するアンチセンス核酸の検討も進めてきました。しかし、当時のチオエート型核酸を用いたアンチセンスは活性が十分では無く、毒性も問題でした。2001年に、ほ乳類細胞でのsiRNAの発見があり、ヒトゲノムの解読も進んだことから、核酸医薬の可能性は大きく拡がりました。DDSは課題でしたが、我々はNS-9で開発したLIC-119を用い、マウスモデルにおいてsiRNAによる抗癌作用をかなり早い時期に実証することが出来ました。しかしその後、siRNAが自然免疫を賦活することが報告され、我々が示した抗がん活性の半分程度は、免疫に因る作用であることが分かりました。さらに、その頃、ロシュ社がRNA医薬の研究から撤退するというニュースがあり、核酸医薬創成の機運は一気にしぼみました。

4.DMD(デシエンヌ型筋ジストロフィー)プロジェクトの開始に至るまで

 核酸医薬は配列特異的に標的遺伝子に直接作用し、低分子では出来ない治療が実現できるのが特徴であり、我々は核酸医薬品の可能性を信じていました。核酸医薬の火を消さない様に、NEDOプロジェクトへの参加、他社との連携や試薬としての可能性などを模索しました。後から聞いた話ですが、核酸研究が創薬段階の研究費全体に占める割合はそれほど大きくなく、その程度であれば会社にとって夢のある研究を止めようという考えは経営陣には無かったということです。
 ちょうどその頃、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の武田先生からDMDのエクソンスキッピング治療の共同研究についてのお話しがありました。この共同研究開始は、研究所にとって大きな方向転換で有り、また、遺伝性の希少疾患への取り組みであることから会社全体にとっても大きな決断が必要でした。
 共同研究・共同開発において、NCNPではモデル動物による治療原理の確認、DMD患者由来細胞を用いた有効性の検証、早期探索的臨床試験の実施を担当し、日本新薬では配列のスクリーニング、核酸の製造、非臨床試験の実施、後期相の臨床試験実施を担当しました。

5.ビルトラルセンの研究開発

 苦難はありましたが共同研究は成功したと言えます。NCNP側が、我々を核酸医薬開発の専門家であると認めていただけたこと、学術的なことよりも治療薬創成を優先していただけたことが成功の一因と考えています。共同研究により見いだされたビルトラルセン(NS-065/NCNP-01)は、モルフォリノ核酸による21残基の配列をもつ化学合成可能な高分子で有り、その評価法は、低分子医薬とも抗体医薬とも異なります。安全性評価では、オフターゲット毒性(ハイブリダイゼーションに依存して標的に似た配列に作用することによって生じる毒性)は核酸医薬品特有の問題であり、新たな評価法構築が必要でした。CMCに関しては、4種類の塩基配列を用いますので、4種類以上のモノマーを合成し、さらに、鎖長に応じたカップリング(伸長)反応を繰り返す必要があります。従って、原薬製造の工程が複雑であること、製造のリードタイムが長いこと、副産物の管理の難易度が高いということが問題となります。また、投与量が多いため、非常に大量の原薬が必要となることも問題としてあげられます。我々は自社検討だけでなく、アカデミアや他社との連携、さらに、2011年に始まった「薬事戦略相談(現レギュラトリーサイエンス総合相談・レギュラトリーサイエンス戦略相談)」の制度を活用して当局と十分に議論を行い、当時の技術水準で最善の解決策を追求しました。

6.最後に

 ビルトラルセンは2020年に日米で早期承認あるいは迅速承認を得て上市に至りました。ビルトラルセンはDMD患者さんの約8%を対象としますが、まだまだ治療薬がない疾患は数多く存在します。もっと多くの疾患に適用できるように核酸医薬の有用性を追求することはもちろんですが、新しい創薬モダリティも含め新たな治療法を提供することは我々の使命だと考えています。
 最後に、私の心配の一つを課題として紹介します。疾患の中には、日本人に特有の疾患も存在しています。現在、ドラッグロスが問題となっていますが、同様の理由で、日本人特有の疾患に対する治療薬開発が難しい状況になりつつあります。この問題は、ドラッグラグやロスと同様に、日本人全体として考えていく必要がある問題だと思います。