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活薬のひと

感染症との闘い:製品開発におけるGHIT Fundの役割

GHIT Fund
投資戦略・ビジネスディベロップメント シニアディレクター(当時)
鹿角 契 氏

日本と感染症の関わり

現代において、感染症と聞くと、私たちはどのようなイメージを抱くでしょうか。実は、日本は歴史的に感染症と向き合い、その課題を解決してきた実績と経験を持っています。第二次世界大戦直後の日本では、戦災や荒廃により公衆衛生が深刻な問題となり、様々な感染症が蔓延していました。しかし、行政、専門家、そして住民が一体となった包括的な公衆衛生活動や寄生虫対策によって、日本はこれらの感染症を制圧してきました。

しかし、感染症との戦いは決して終わりません。マラリア、結核、そして顧みられない熱帯病(NTDs)などの感染症は、今もなお低中所得国を中心に深刻な問題となっています。さらに、全世界を未曾有の危機に陥れた新型コロナウイルス感染症や、少し遡るとエボラ出血熱やジカ熱などの世界的な流行や、国内でのデング熱の感染確認などもあり、新興・再興感染症の脅威は依然として続いています。

感染症向け製品開発におけるハードルとGHIT Fundの設立

感染症創薬においては、特に低中所得国で苦しむ人々にとって効果的な医薬品が必要不可欠です。しかし、市場原理の不足から、感染症に対する創薬はなかなか進まない状況があります。このような課題に対処するために、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)が2013年に設立されました。GHIT Fundは、官民のパートナーシップにより、マラリア、結核、NTDsなどの感染症に対する治療薬、ワクチン、診断薬の研究開発に投資しています。

GHIT Fundは、日本政府、製薬企業、国際的財団などからの出資を受けており、日本の製薬企業や研究機関の技術とイノベーションを活用して、低中所得国の感染症問題に対処しています。

「Aligned Incentives」- 出資機関からの観点

GHIT Fundは、日本政府、製薬企業、国際的財団など、官民両セクターからの出資によって成り立つ官民パートナーシップ(Public-Private Partnership:PPP)です。それぞれのセクターにとって、GHIT Fundに出資するインセンティブがあることは、PPPのモデルが機能する上で極めて重要です。

例えば日本政府の観点として、感染症に対する医薬品開発支援を通した低中所得国への貢献は、外務省の国際保健外交戦略の一環となり、また厚生労働省にとって、GHIT Fundによる国際保健分野での更なる貢献は日本の製薬産業の国際展開にもつながると期待されます。また、参画する製薬企業にとっては、ゲイツ財団やウェルカム・トラスト、または国際的な製品開発パートナーシップ(Product Development Partnerships:PDPs)機関が有する研究開発の知見や知識は非常に有用なものとなり得ます。言い換えるとGHIT Fundの活動に参加することで、感染症領域での製品開発の専門性を高めることにつながります。同様に、ゲイツ財団などの国際的財団にとっても、日本の製薬企業やアカデミアがもつ研究開発能力を活用・連携することで、新たな可能性が広がることになります。このような「Aligned Incentives(一致したインセンティブ)」が、GHIT Fundの成功に不可欠であり、感染症向けの製品開発に対する投資事業を支えています。

投資選考プロセス

GHIT Fundは、投資案件の選考プロセスにおいて公平性と透明性を保つ体制をとっています。申請されたプロポーザルは、GHIT Fundの評議会、理事会、マネジメントチームから独立した第三者で構成される外部審査員や選考委員により評価・審査を受けます。プロジェクトを採択された製品開発パートナーは、GHIT Fundとの間で合意したマイルストーンに対する進捗報告を半年ごとに提出し、GHIT Fundは、この報告書をもとに投資継続の是非を判断します。

GHITの進捗と今後

GHIT Fundが投資する研究開発は、日本と海外の組織のパートナーシップであることが必須です。これは、日本の製薬企業、大学、研究機関が保有する技術やイノベーションを活用し、低中所得国の感染症問題の解決に対して、より大きなインパクトをもたらすことを目指しているからです。

GHIT Fundは設立以来、123件のプロジェクトに対して総額約300億円以上の投資を行ってきました。投資金額を疾患別に見ると、マラリアが約47%、結核が約10%、NTDsがおよそ43%を占めます。また、製品別では治療薬が最も多く約68%を占め、ワクチン、診断薬がそれぞれ約23%、約9%となっています。計11件が臨床試験の段階となっており、第Ⅲ相試験が完了し薬事承認が期待される、小児用住血吸虫症治療薬・プラジカンテルはじめ、一刻も早い製品開発を目指す形で各プロジェクトが進行しています。

日本発のイノベーションでグローバルヘルスへの貢献を更に推進するために、GHITが官民両セクター、国内外の関係機関との連携をより強化し、それにより、感染症に対する製品開発が促進され、一刻も早く感染症に苦しむ人々の負担が軽減されることが期待されています。