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活薬のひと

未来につながる次の一歩

厚生労働省大臣官房審議官
(医薬担当)
山本 史 氏

はじめに

 私が修士課程を終えて社会人になったのは昭和最後の春。正直、スマホ1台でこれほどのことができる社会が到来するとは想像もしていませんでした。
 そして、平成から令和に移る頃、新型の感染症がこれほど人と社会に猛威を振るう日々がすぐ近くまで迫っているとは思っていませんでした。

取り巻く環境

 今日、我々を取り巻く環境として、「少子化・超高齢化」、「グローバル化」、「科学技術の進歩」があげられます。我が国では、少子化の結果、現役世代の急減がすでに到来。また、グローバル化が故に瞬く間にコロナ禍は国境を越えてまん延し、国際情勢による様々な影響を受けます。昨年からは、エネルギー資源や食糧などの価格高騰が進み、為替相場もめまぐるしく変動して、コロナ禍とは別の意味で我々の生活に大きな影響を与えるに至っています。その傍らで、新しい技術が次々と開発・実用化され、私たちの社会や生活に登場します。医療の場も例外ではなく、日々、新しい技術の登場により、多様化・複雑化しています。
 このような技術の進歩が著しい、その一方で少子化・超高齢化・現役世代急減が進む環境の中で、いろいろな立場から薬に関わる我々の役割や仕事のやり方はどう変化していくのでしょうか。これからの時代に、どのようにのぞんでいくべきなのでしょうか。

目指すものは

 これからどうなっていくかは、今後の我々の歩み次第です。しかし、薬に関わる人として目指すべきことは、昔も今もこれからも変わらないと思います。「患者のために薬のリスク(副作用)を最小化しベネフィット(効き目)の最大化を実現すること。すなわち最適化・見える化すること」、そして、「優れた新しい薬を早く患者に届けること」、この2つが基本の使命だと考えます。

 この実践のためには、様々な立場から薬に関わる人々が相互に連携していくことが必要です。第一に、患者一人ひとりに対して、選択肢の中から最適な薬物治療を探し提供すること。第二に、一つの薬について、開発時だけでなく上市後も、使い方の最適化とその条件を探り続けること。これらの活動が相互連携していくことで、個々の患者を支えつつ、薬や医療技術自体を一層進化させていくことが可能となります。そして、第三として、このような有用な治療ツールが未だない領域に革新的な薬を創出し届けること。今や薬の創出は、様々な分野の知見・経験・技術が積み重ねられ凝集したものです。既存・固定の取組にとどまらず、異なる分野の知見・技術にも拡げて取り込んでいくことになるでしょう。しかし、時代や技術が変わったとしても、このような取組を多くの異なる立場の関係者が参加・連携することを通じて、個々の患者に提供される薬や医療技術そのものを進化させていくことが薬に関わり医療を担う者の変わらずに目指すべきものと考えています。

 コロナ禍の下の3年半はその縮図のようなものでした。コロナ禍発生当初、何も有効な医療ツールがない状況の中、世界中が治療薬、ワクチン、検査薬などの開発に急ぎ取り組みました。その結果、現在、異なる作用メカニズム・特性の治療薬が用意され、ワクチンも変異株対応のワクチンまで登場しています。
 また、この間、医療・介護の現場では、多くの医療・介護関係者の方々が大変な苦労をしながら地域の人々へ必要なサービスを提供することにご尽力いただいています。同じく感染の波により大きな制約を受ける中、多くの関係企業の方々が、力を尽くして、医療に必要な薬や物資を生産・調達し、医療現場へ提供してくださっています。この場をお借りして深く感謝申し上げます。

薬を巡る現状・課題と取組

 コロナ禍対応のすべてが十分であったとは言えません。今回のコロナ禍の中での気づきを踏まえ、次の感染症危機に備えて、厚生労働省はじめ関係省庁では、制度の見直しや体制の強化などに取り組んでいます。例えば、感染症有事に国策としてのワクチン開発を迅速に推進するため、昨年、先進的研究開発戦略センター(SCARDA)が設立されたほか、薬機法における緊急承認制度の創設、感染症発生・まん延時における保健・医療体制の整備をはじめとする感染症法等の改正、日本版CDC創設などの取組が進められています。

 一方で、医薬品の安定供給リスクが高まっています。背景の一つとして、医薬品のサプライチェーンのグローバル化が存在します。また、国内製造所の製造管理・品質管理体制の問題に起因する生産・出荷停止も供給不安を招いています。
さらに、我が国の創薬力の低下や、ベンチャー企業開発の医薬品、希少疾病用医薬品、小児用医薬品をはじめとしてドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスが指摘されるようになっています。
このような状況の中、本年6月、医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会において、革新的医薬品の日本への早期上市や医薬品の安定的な供給を図る観点から、薬を巡る現状や課題と対策の方向性が提言としてとりまとめられました。厚生労働省においては、この提言を受け、各方面で必要な対策の検討に動き出し、できるところから実施につなげていく予定です。

 また、薬や医療を巡っては、「医療DX」や「データヘルス改革」として、健康・医療・介護分野のデータの有機的連結・利活用等を目指して様々な取組が進められています。オンライン資格確認を基盤とした仕組みで閲覧・活用できる医療情報や機能の拡大、電子カルテ情報等の標準化などの取組が進む他、本年1月には、電子処方箋システムの運用が開始されました。電子処方箋の仕組みは、単に処方箋が紙から電子に置き換わるだけではなく、患者の直近の処方・調剤情報を医療機関・薬局が共有することにより、重複投薬や併用禁忌のチェックが可能となるものです。このような医療情報のデジタル化の仕組みを実現・活用することが、患者への薬物療法のさらなる最適化と医療の質向上につながっていくものと期待しています。

おわりに

 コロナ禍は、未曾有の事態でしたが、新しいやり方に挑戦したり、逆に従来のやり方の良さに初めて気づいたりした方も多いと思います。そして、薬や医療技術といった医療ツールの意義・重要性を改めて認識する機会にもなりました。薬に関わるみなさま一人ひとりが、各々の立場で、ぜひ、これらの経験・気づきをこれからの活動に活かして、次の一歩を踏み出し挑戦していっていただきたいと思います。患者に寄り添いつつ、世界を相手に、仲間と連携しながら踏み出す、その一歩が、必ず、次の時代、これからの未来を創り拓いていくものとなります。