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活薬のひと

"知"の融合としての「創薬」

東北大学 副理事
(オープンイノベーション戦略担当)
オープンイノベーション
事業戦略機構 副機構長
統括クリエイティブマネージャー 
特任教授  内田 渡氏

はじめに

 コロナ禍によって人々の意識や生活、そして行動に様々な変化がもたらされてきたことは記憶に新しいことです。その中でも、最も大きかったのは「健康の大切さ」であり、ワクチンをはじめとした「医薬品の重要性」ではなかったでしょうか。私たち、創薬に携わる者として、改めて身の引き締まる思いがしたとともに、創薬というものが一朝一夕では立ち行かぬこと、そして、迅速に対応できない環境に歯痒い思いを強く感じていた次第です。そういった意味で、日頃から何気なく使用し人々の健康を支えてきた医薬品を生み出す創薬のあり方について、様々な視点からじっくりと考えてみる良い機会ではないでしょうか。

進化・多様化する創薬

 ご存知のように、今日の創薬は、科学技術の進展に伴って飛躍的な成長を遂げてきました。例えば、遺伝子編集技術やベクター技術、並びに人工細胞技術などの基盤技術の進展によって、これまでの低分子薬や抗体薬に加えて、遺伝子療法、核酸医薬、或いは細胞療法といった革新的なモダリティが既に医療現場に浸透しつつあります。また、人工知能(AI)を含めた工学系技術の急速な進展に伴い、工学技術との融合による新たな医療の模索も試みられています。こうした新たなモダリティの医療参入は,医療選択肢の多様化を生み出すだけでなく,創薬プロセスや医療ビジネスへの急峻な変化をもたらし、医療そのものの在り方が変わる可能性も出てきています。特に、こうした創薬基盤となる要素技術が益々多様化・高度化してくる環境では、それぞれの要素技術に関して、より高い専門性・効率性が求められ、特化した機能毎に分担・分業化が進むと推察されます。そして、製品化からの視点を加え、各要素技術の融合とそれぞれの最適化を図っていく事が求められてくることになります。
 従って、こうした創薬を取り囲む環境変化を的確に予測し、多様化する創薬に柔軟に対応できる創薬プロセスや医療ビジネスを速やかに実現していける環境を整備していくことこそが今まさに我々に求められていると言えます。

"知"の融合の必要性

 創薬には多くの基盤技術や多岐にわたるデータが必要です。例えば、新たなモダリティの実用化に向けた"磨き上げ"には、製品化に必要な基盤技術を結集し最適化を図っていくことが必要となります。従来からの低分子医薬品はもちろんのこと、遺伝子・核酸・細胞といった革新的モダリティでは化学、生物学、薬理学、臨床医学とともに各種の先端バイオ基盤技術を含めた多岐にわたる最適化検討が求められますし、医療ソリューションに至っては、AI・センサー・素材・イメージング等の先進的な工学技術との融合や最適化検討が必要となり、これまで以上に多面的なデータ活用が求められてきます。そのため、先進的な基盤技術を結集して革新的な製品を創出するためには、アカデミア・ベンチャー・製薬企業のみならず、多くの異なる分野の専門家や研究者が参画し、知恵を出し合い、最先端のイノベーションの創出に向けて協働して行く、"知"の融合、所謂「創薬エコシステム」への取り組みが重要となってきています。
 このような観点から、東北大学でも複数の製薬企業のみならず、多くの異なる分野の企業の専門家や研究者が参画し、協働することによって最先端のイノベーションの創出を可能とするオープンイノベーション・エコシステムを構築し、革新的な医薬品・医療ソリューションの創出の一翼を担っていくことを目指しています。

今後の方向性

 このような潮流を受け、本学も含め、革新的な医薬品・医療ソリューションの創出に向けた「創薬エコシステム」の一つとして、アカデミやベンチャーの有する先進的な技術と医薬品開発を担う製薬企業との共創を促進する効果的な取り組みであるオープンイノベーション活動が活発に展開されていることは既述の如くです。一方で、創薬ビジネスの観点からは、医薬品の研究開発には膨大な資金と大きなリスクを伴うため、知的財産権の管理や利益の確保などの課題も存在します。創薬活動には多くの先進的な技術・ノウハウや多岐にわたるデータが必要であることはすでに述べて参りましたが、迅速な研究開発の推進には、過去の研究や臨床試験の結果、薬剤の効果や安全性に関するデータ、薬剤の化学構造や作用機序に関するデータなども重要な情報となります。こうした情報は、アカデミアや研究機関、製薬企業などで蓄積され、論文や学会・学術会議等で共有されることになりますが、競合的な側面を有する創薬活動において、まだ十分に共有され効果的に利活用されている状況ではありません。昨今の地政的リスクや新たな感染症発症など緊急性の高い状況では、時間を含めた多くの制約の中で、迅速な情報収集と正確な知識に基づいた創薬アプローチを迅速に構築できるかがキーとなります。そのためには、アカデミアや研究機関をはじめ製薬企業も含めて、これまでに蓄積した研究や臨床試験の結果、薬剤の効果や安全性に関する情報、薬剤の化学構造や作用機序に関する情報等を共有し、日頃から議論できる枠組みの構築が必要です。まだまだ課題は山積ですが、創薬分野の特性と課題をしっかりと理解し「競争の場」と「共創の場」の両立できる環境を整備することによって、"知"の融合による多様な創薬が実現できると思います。まずは、アカデミアがハブとなって、産官学の強い連携のもと、日頃から異なる分野の知恵を出し合い、迅速な創薬展開に向けて協働していける"知"の融合への取り組みを進めて参りたいと思います。

最後に

 創薬の原点。それは、一人でも多くの患者さんと、その患者さんを支える家族の方々が笑顔を取り戻せるように、創薬を通じて生み出す「信頼の医薬品」で、人々の健康に貢献していくことです。この使命は、科学技術の革新によって技術が飛躍的に発展し、創薬プロセスが大きく変わったとしても、頑なに守り続けていくべきものであると思います。そのために、創薬に携わる者として大切なのは、生命科学をとことん極め、革新的な技術による高い品質と高い信頼性に基づいた安全で安心の医薬品を届けるために、常に手を抜くことなく、新しい挑戦を続けていくことではないでしょうか。