活薬のひと

COVID-19感染症の大流行を経験して思うこと

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 創薬事業部 調査役 善光龍哉氏

はじめに

 私は、北海道大学大学院薬学研究科修士課程を修了後、藤沢薬品工業(株)(現アステラス製薬)に入社、23年間、研究所にて創薬研究に従事しました。その後、2015年に設立された国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)に出向、転籍を経て現在に至ります。企業研究に携わった経験から、アカデミアにおいて創薬研究を推進するには何をすべきか、悩みながら試行錯誤している毎日です。

AMEDと担当事業について

 AMEDは、医療分野の研究開発における基礎から実用化までの一貫した研究開発の推進・成果の円滑な実用化及び医療分野の研究開発のための環境の整備を総合的かつ効果的に行うため、内閣官房の健康・医療戦略室の下部関係組織として2015年4月に設立されました。私は着任後すぐに、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(PDIS)の担当になり、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業/創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(Basis for Supporting Innovative Drug Discovery and Life Science Research : BINDS Phase I)を経て、現在は、生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS Phase II)を担当しています。担当した3つの事業は、創薬研究やライフサイエンス研究に必要な基盤整備を行い、国内の研究者の研究を支援するという特徴があります。放射光施設、クライオ電子顕微鏡、化合物ライブラリーなどの大型ファシリティを整備・維持しながら、供用しています。また、構造解析、タンパク質生産、スクリーニング系構築、構造最適化、インシリコスクリーニングなどの技術を有する最先端研究者の支援により、外部研究者の研究推進を強力にサポートしています。

製薬企業の創薬方法論とアカデミア創薬を進めようとしたときの課題

 これまでの日本国内の医薬品研究開発は、ほとんどが製薬企業単独で行われてきたものであり、そこで用いられている創薬の方法論は、当然ながら製薬企業に最適化されてきたものです。一般的には、創薬シーズ(研究テーマ)が決定したら、評価系構築の検討を開始します。適切な評価方法が決まったら、次はハイスループットスクリーニング(HTS)化、すなわち評価系のミニチュア化を行います。96ウェルプレートで行っていた評価を、384ウェル、もしくは1536ウェルプレートで実施可能なまでにミニチュア化を行って初めてロボティックなHTSが実施可能になります。このスクリーニングは、いわゆるランダムスクリーニングですから、一般的に数十万から数百万化合物のスクリーニングを実施しないと良い結果につながりませんが、ミニチュア化したとはいえ、そこには数百万円から数千万円の費用がかかることになります。
 製薬企業と同じ方法論を使ってアカデミア創薬を進めようとすると、実務的には評価系のミニチュア化(そもそもロボティックスクリーニングができない)、全体的にはかかる費用の拠出が課題となってきます。

アカデミア創薬を進めるためには・・・製薬企業と同じことをしていてはダメ

 ミニチュア化できていないスクリーニング系で良質なヒット化合物を得ようとしても、アカデミアでは一回に数万化合物以上のスクリーニングを実施するための費用拠出は、一部の研究室を除いて、なかなかできないのが現状です。このため製薬企業の創薬の方法論はアカデミアでは成立しないことになります。
 ですから、多数の化合物をスクリーニングすることなく良質なヒット化合物を得るために、スクリーニングの質を高める、他の方法論が必要になります。すなわち、まず創薬標的もしくは類縁蛋白質の構造解析を行い、その情報を用いてインシリコスクリーニングを行います。化合物の入手が容易なユニバーサル・ライブラリーのインシリコスクリーニングを実施すれば、そのヒット化合物のWetな実験系による生物活性確認は迅速に実施できます。(BINDSの支援を受ければ、化合物は無償・消耗品の実費だけで化合物の提供を受けることができます。)この方法なら、Wetな実験は多くて数十化合物から数百化合物について行えば済みますし、ランダムスクリーニングと比較して、かかる時間の短縮と費用の大幅な削減が可能で、アカデミア向きだと言えますから、筆者は創薬を志すアカデミアの研究者のみなさまには、この方法を推奨することにしています。

COVID-19感染症の大流行を経験して思うこと

 2019年12月に中国武漢で発生したCOVID-19感染症は、未だに完全な収束には至らず、必ず世界の何処かでは流行している状態のまま3年近くが経過しました。発生当時の論文を振り返ると、2020年1月26日にはSARS-CoV-2 メインプロテアーゼ 構造解析、3月30日には、SARS-CoV-2 スパイクタンパク質-ACE2受容体構造解析がそれぞれ Nature 誌に掲載されました。また、6月22日にはスパイクタンパク質-中和抗体複合体の構造解析に関する論文がScience誌に掲載されました。
 BINDS Phase Iでは、1月発表のメインプロテアーゼの構造をベースにしてドラッグリポジショニングを指向した既存薬ライブラリーのインシリコスクリーニングを行いました。その結果、抗HIV薬(メインプロテアーゼ阻害)であるネルフィナビルを発見しました。ネルフィナビルはその後、臨床研究まで進みましたが、残念ながらCOVID-19感染症治療薬としては実用化には至っておりません。日本国内では、他にもアビガン、イベルメクチンなど治療薬候補は複数発見されていますが、いずれも未だ実用化されていません。
 その間、ワクチンについては、mRNAワクチンがファイザー社、モデルナ社から、DNAワクチンがアストラゼネカ社から上市され、世界各国で使われています。低分子治療薬は、メインプロテアーゼ阻害薬やRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬などが上市されています。これらのワクチン・治療薬はいずれも海外製品で、一部、中和抗体薬などは日本発の製品もありますが、日本全体として、日本のサイエンスが世界の人々の健康で豊かな生活に大きな貢献をしているとは言えない状況だと思います。
 これは大変残念な結果ですが、日本の科学技術力が、決して世界から遅れをとっているからということではなく、緊急時におけるマネージメント体制ができていなかったことが最大の要因だと考えます。COVID-19感染症自体はもしかしたら段々と収束に向かっていくかもしれませんが、「喉元すぎれば・・・」で今回の負け戦について何も対策を打たなければ、次の緊急時にもまた世界の後塵を拝することになりかねません。BINDSでは、事業の執行部と参加研究者の先生方とで話し合いをしながら、(BINDS事業単独の取り組みではありませんが)「平時から緊急時対応のための枠組みを作っておく」ことにしました。BINDSができることは限られてはいますが、できることをできる範囲で無理せず行い、AMED所管の他事業等とも連携しながら、緊急時には「オールジャパンで世界をリードする」、そのための仕組み・枠組みを構築しておきたいと思います。