活薬のひと

製薬企業の存在意義

協和キリン株式会社 宮本昌志 氏

新型コロナウィルス感染拡大のインパクト

 3年ほど前、新型コロナウィルスがまだ出現していなかった頃、米国に出張して投資銀行のエグゼクティブと面談した際に、「製薬企業がいつも最下位でいてくれるおかげで、我々投資銀行の評判が最下位にならずに済んでいます」と冗談とも本音ともつかない挨拶をされたことがあります。米国における一部企業によるジェネリック薬の極端な値上げや特許戦略によるジェネリック薬参入阻止などで製薬業界全体のイメージが悪くなっていたことが大きな要因ではないかと推察しましたが、それにしても色々な業界の中で製薬企業が最低の評判をもらっているという事実には大変残念な思いをしたことがあります。しかしながら、今年になってからの米国でのサーベイでは製薬企業の評判は大きく改善したとのこと。新型コロナウィルスに対するワクチンの迅速な開発と供給、また治療薬の開発といった製薬企業の活動が、パンデミックへの有効な対策を提供し健康や経済活動を含めて人々の生活を守るために大変重要な役割を担っていることを多くの人が認識したからでしょう。新型コロナウィルスの感染拡大は、世界中の人々の生活に対して急激にそして大変大きなマイナスの影響を与えており、それだけに製薬企業の活躍は理解しやすくインパクトも大きかったということだと思います。歴史を振り返ってみれば、実際には感染症対策に限らず健康な生活や社会経済活動を支えるために製薬企業の果たしてきた役割は大変重要なものであったことは論を俟ちません。

新医薬品産業ビジョン2021と製薬企業

 日本では、今年9月に厚生労働省が8年振りの改訂となる「新医薬品産業ビジョン2021」を策定・発表していますが、そこでも医薬品産業の重要性が改めて強調されています。「医薬品は医療の根幹を構成する重要な要素であり、疾病の脅威から我々の健康・生命を守る手段」「革新的な医薬品の開発と普及は、医療の高度化を通じて国民の健康寿命の延伸をもたらし、国民を健康危機から守ることで、患者本人や家族の日常生活だけでなく、消費活動、労働参加など経済活動も支えている。」「医薬品産業の健全な維持・発展は我が国の医療水準を向上させるとともに経済全体を支えることにもつながる」と述べられています。このような再認識が進むことに関して、製薬企業で働いている者としてその使命と責任の大きさに改めて身の引き締まる思いをしています。

 この使命を果たすべく革新的な新薬を創出し安定的な供給を続けるために、製薬企業においては成功確率の低い研究開発に果敢に挑み、生産体制を先行投資により準備し、薬事承認が得られた後は継続して高品質な製品を市場に安定供給するための品質保証や安全性監視などの活動を行い、そして適切な情報を医療関係者に適時にお伝えするなど、それぞれの高い専門性を持った多くの従業員の弛まない努力が必要になります。また、ビジネスの観点からは、特に研究開発や生産体制の構築についてはリスクをとって大きな投資をすることになりますので、リスクの高い事業モデルであり、加えて人の生命にかかわる製品を供給していることから、事業の継続性も当然のように非常に重要になります。成功確率が必ずしも高くない研究開発活動を粘り強く続け、前述したような多様な活動を継続するには、これらの活動への投資を継続し、優秀で熱意溢れる人材を常に獲得し、そして従業員の高い志を保って行くことが重要で、そのためにはやはり企業としての持続的な成長が必要だと思います。

患者さんの笑顔のために

 私が働いている協和キリンは、2008年の創立以来自社がオリジネーターである医薬品をグローバルに展開することへの挑戦を続けています。様々な環境の変化を考慮すると、日本国内での活動だけでは持続的成長を目指すのは難しいだろうというビジネス上の判断でもありますが、こだわりを持って研究開発した製品を自分達で世界の患者さんに届けたいという思いによるところもあります。幸いにしてここ数年で自社創製の新薬を世界の患者さんにお届けできるようになってきました。実はどの製品も基礎的な研究開始から、例えばFDAの承認を得るまでに20年近い時間がかかっており、開発中止になりそうな危機を何度も乗り越えてきました。その中には抗体医薬品が3つありますが、いずれも日本の大学との共同研究からスタートしており、先生方の熱意と厚い支援を頂きながら危機を乗り越えたこともあります。基礎研究から諦めずに取り組んできた製品が病気で苦しむ世界の患者さんを救うことができるというのは何物にも代えがたいモチベーションに繋がります。実際、自社での販売も手掛け、直接患者さんとの接点も持てるようになり、製品をお使いいただいた患者さんから「生まれ変わったよう」「Life changing」などという言葉と共に「ありがとう」「Thank you」と直接言って頂いた時は、まさにこのためにこの会社があり皆が懸命に働いているのだと強く実感することができます。

 新医薬品産業ビジョン2021でも国際社会における日本の立ち位置を強く意識した方向性が示されています。そこでも指摘されていますが、医薬品産業は知識・技術集約型産業であり、その観点では日本はアカデミア・行政・企業そして患者さんも非常に質の高い国であり、他国にも勝るとも劣らないポテンシャルを持っています。「薬」に関係した研究・仕事をされていらっしゃる産官学の皆さんが、これまで以上に強く「世界の」患者さんのためにという究極的な目的を常に意識し、自信と誇りを持って粘り強く課題に取り組めば、国として掲げたビジョンは必ず達成できると思いますし、世界の患者さんを笑顔にすることができると信じています。