活薬のひと

創薬イノベーションを生み出すエコシステムの構築

日本製薬工業協会 会長 岡田安史 氏

はじめに

 本年5月に日本製薬工業協会(以下、製薬協)会長を拝命いたしました岡田安史と申します。製薬協は、研究開発志向型の製薬企業(73社)よりなる業界団体です。革新的で有用性の高い医薬品の開発と製薬産業の健全な発展を通じて、日本および世界の人々の健康と医療の向上へ貢献することを目指しています。

 2020 年初頭から世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、多くの人々の命と健康を脅かし、医療提供体制の逼迫を招くとともに、我々の日常を奪いました。その対策の切り札としてワクチン接種が進められていますが、国産ワクチンの開発は遅れを来し、日本のワクチン開発基盤の脆弱性が明らかとなりました。国民の命と健康を守っていくためには、将来起こりうる次なるパンデミックへの対応や、様々な疾患におけるアンメット・メディカル・ニーズを充足させなければなりません。そのためには、日本の創薬力強化が不可欠であり、革新的なイノベーションが絶え間なく生み出される環境の整備が望まれます。

バイオベンチャーによる革新的イノベーション創出とその実用化

 現在、最も接種が進んでいる新型コロナウイルスワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンです。全く新たなモダリティである核酸ワクチンがわずか1年で実用化され、全世界で接種が進んでいます。この革新的なイノベーションをけん引したのが、新興のバイオベンチャーであるドイツのビオンテック社とアメリカのモデルナ社です。そして、政府からの大規模な支援のもと、製薬企業との連携によりこのイノベーションの果実が極めて短期間で世界に広く行きわたることになりました。

創薬エコシステムが革新的な新薬を生み出す

 創薬研究において、低分子医薬品はもとより、抗体医薬品、核酸医薬品、細胞・遺伝子治療などの新規創薬のシーズは、今やベンチャーやアカデミアが中心となって生み出しています。また、ビッグデータやAIを活用したデジタルセラピューティクスと呼ばれる新たな治療法も登場しています。すなわち、今後製薬企業が革新的な製品・ソリューションを創出していくためには、アカデミアや創薬ベンチャーに加え、先進的なデジタル・ICT企業等との幅広い連携が不可欠となってきました。様々なプレーヤーが有機的に連携する創薬エコシステムの整備が、ますます重要になってきたと言えます。

創薬エコシステムを支える人材

 創薬エコシステムを支えるのは、一にかかって「人」です。新たな発明発見、イノベーションの創出のためには、情熱をもって研究に邁進する、起業家精神旺盛な「人」が不可欠です。

 文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の分析によると、2017~2019年に発表された自然科学分野の学術論文のうち、他の論文に引用された回数が上位10%に入る影響力の大きな論文の数で、日本は世界10位に後退しました。一方、中国は米国を抜き首位に立ちました。中国は研究者の育成に非常に力を入れています。留学という側面で比較すると、日本からの留学生は約10万人であるのに対し、中国からは160万人を超える留学生が海外で学んでいます。また、中国の博士号取得者が増加している中、日本は減少しています。起業意識の国際比較においても、日本は主要国中、起業に対する関心が最も低いというデータが発表されており、研究者の起業家精神を醸成、刺激する国家戦略が必要です。

 米中の覇権争いをはじめとする国家間競争は、ライフサイエンスを含む科学技術分野におけるイノベーション創出において熾烈さを極めています。世界では政府が新型コロナウイルスワクチン開発を強力に支援し、開発したワクチンを他国に供給することで関係強化を図る"ワクチン外交"が繰り広げられています。すなわち、イノベーションは、革新的な製品を生み出し健康増進や疾病克服に寄与するだけでなく、経済安全保障上も重要な役割を果たします。日本が今後もグローバルヘルスの実現に向けて国際貢献を果たすとともに、国家安全保障の観点から日本国民の命と健康を守っていくには、日本のサイエンスレベルの向上が必要です。そのためには、主役である起業家精神旺盛な「人」を輩出し、その「人」が気概と情熱を持って研究に取り組んでいく環境整備が不可欠です。日本人研究者が、その成果を実用化し広く社会に貢献すべく、企業との連携やベンチャーの起業にチャレンジしていただくことを切に期待しています。製薬協は革新的なイノベーションを世界に届けられるよう、日本薬学会とその会員であるアカデミアの先生や学生の皆様方とともに、国内の創薬研究の推進に取り組んでいく所存です。