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活薬のひと

変わる創薬、変わらない創薬

Axcelead Drug Discovery Partners株式会社
代表取締役社長 池浦義典 氏

製薬業界を取り巻く環境変化

 製薬業界を取り巻く環境は目まぐるしいスピードで日々変化しています。20世紀はいわゆる低分子医薬品が中心でしたが、21世紀に入ると抗体や核酸といったバイオ医薬品が台頭し始めました。そして、飛躍的なサイエンスの進歩・発展により、近年では細胞治療、遺伝子治療、エクソソームといった多様なモダリティが登場し、実用化・普及に向けた研究開発が活発になっています。また、2001年2月にはヒトゲノムの解析結果が公表され、多様な生物種の遺伝情報が急速に解明されることで、これまで進まなかった様々な疾患メカニズムへの理解が一気に進みました。しかしながら、こうした恩恵を享受する一方で、シンプルな創薬ターゲットやコンセプトは枯渇していき、創薬研究の難易度もこれまでに比べて格段に高くなり、新薬創出の成功確率は低下の一途を辿っています。また日本においては、高齢化社会の進展とともに医療費が年々増加しており、2025年には50兆円を超え、2040年には80兆円を超えると言われています。国家予算規模にも迫る医療費を抑制する手段の一つとして、継続的な薬価引き下げがこれまで検討されており、2021年4月には史上初の薬価毎年改定が開始されました。2021年度薬価改定の対象品目は薬価収載品の69%に相当し、医療費削減規模も4,300億円に上るとされています。このように、医薬品販売により研究開発費用を回収する製薬企業は、成功確率が低い中、膨大なコストを抑えながら収益を上げなければならない非常に苦しい立場に立たされています。

製薬会社における研究開発の変化

 こうした苦境の中で、製薬会社はアンメットメディカルニーズの高い領域や自社の強みを活かせる分野の事業への選択と集中を進め、研究開発プロセスの変革にも取り組み、生産性の向上を図ってきました。例えば、自社でゼロから新たな薬の種を見出し、育て上げる従来の研究開発型のビジネスモデルに加え、企業間のM&Aや製品導入など、新しい薬の種の買収にも積極的に取り組んでいます。また、創薬研究においても、従来から行われている個別の共同研究に留まらず、 産官学連携を通じたオープンイノベーションを加速化し、まだ見ぬ有望なシーズ・技術との出会いを求めて、創薬研究の早いフェーズから、アカデミアや創薬ベンチャーとの協業を日々積極的に進めています。喜ばしいことに、日本でもアカデミア発ベンチャーの数は年々増加しています。2018年度から2019年度にかけて288社増加、ベンチャー企業の総数は2,566 社に達しました。これらすべてがヘルスケア・創薬関連企業ではありませんが、日本においても優秀な創薬シーズ・技術を持ったベンチャーが確実に増えており、日本における創薬エコシステムの構築・発展、そして日本発の画期的な創薬イノベーションの創出への機運が高まっています。

創薬体制の新たな潮流:多様なオープンイノベーション

 オープンイノベーションには企業の戦略に応じた様々なモデルがあります。まず一つ目は、製薬企業によって主導される公募型のオープンイノベーションです。これは製薬会社が提示する募集テーマ(疾患領域や創薬ターゲット・コンセプト)について、大学・研究機関・ベンチャー等から幅広く共同研究・協業・ライセンス等の提案を募るものです。採択テーマの推進やアカデミアとの強固なネットワーク樹立のみならず、優秀な人材の掘り起こしができることも、製薬企業にとっては大きな利点になります。二つ目は、産学官共同臨床情報利活用創薬プロジェクト(GAPFREE)などに代表される、複数の研究機関・製薬企業からなるコンソーシアム型です。参画する研究機関・製薬企業がそれぞれの異なる知見や経験、技術を持ち寄り、新たな技術などを共同で創造し、活用するというものです。 三つ目は特殊な技術導入を目的とした企業間の共同研究です。製薬会社は、自社にはない尖った技術を保有する外部機関と積極的に連携し、創薬研究の生産性あるいは価値の向上を図ることができます。昨今のトレンドである創薬デジタライゼーションを目指したAIベンチャーとの共同研究は正にこれに該当します。四つ目は、co-creation=共創を目的とした、創薬経験の豊富なサービスプロバイダーとの協業です。このモデルにおいては、サービスプロバイダーは単に請け負った試験を実施するにとどまらず、依頼者とアイデアを交換し、ともにプロジェクトを進め、イノベーションを目指すPartnership Research Organization(PRO)としての役割を果たします。海外では浸透している協業形態ですが、日本においては今後の発展が期待される協業形態です。私が代表を務めるAxcelead Drug Discovery Partnersは、製薬企業で培った豊富な創薬経験や技術、さらには過去の莫大な創薬データを活かして、様々な創薬プレーヤーのベストパートナーとして日本から全世界に向けた創薬イノベーションの創造・画期的な医薬品の創出に貢献していきたいと考えています。また、創薬プラットフォームの提供によるヘルスケア産業の底上げも視野に入れ、日本における真の創薬エコシステムの構築を力強く牽引していくことをビジョンとして掲げています。

激動の中でも変わらないもの

 製薬会社の研究開発を取り巻く環境は日々刻々と変化しています。特に、モダリティの多様化、再生医療やAIをはじめとする様々な技術革新は目覚ましいものがあり、製薬会社はこれらの最新技術を導入し、研究生産性の向上を図っています。しかしながら、最新技術は魅力的であればあるほど、「技術獲得」=「新薬創出の効率化」と思いがちであり、いつの間にか技術獲得そのものが目的となってしまうケースも珍しくありません。今、患者さんはどのような病にどのように苦しんでいるのか。患者さんの健やかな未来に向けどのような新薬が求められているのか。ゴールそのものは人が設定し、またどのようなモダリティを活用し、どのような道筋でゴールを目指すのか。これはいつの時代であっても人の判断にゆだねられます。確かに、AIの技術発展は目を見張るものがあり、将来的にはAI自身が求められる新薬像を描き、in silicoで創薬が行われる日も来るのかもしれません。ただ一方で、現時点では創薬においてAIは車で言うナビゲーションシステムのようなものではないかと思います。車のナビゲーションシステムは膨大な地図情報に加え、渋滞情報、事故情報なども反映し、目的地までのいくつかの選択肢を示してくれます。こういったシステムは、道筋が分からない場合には非常に頼りになる素晴らしいシステムです。しかしながら、ナビゲーションシステムはあくまでもツールに過ぎず、目的地を設定し、示された選択肢から好みの道筋を選択するのは人です。たとえモダリティが多様化しようと、AIが発展しようと、目的を設定し、ツールとしての技術を使いこなすのはヒトであり、以前と変わることはありません。創薬研究に携わる者として、新たな潮流の中でも、患者さんへの変わらない想いを強く持ち続け、ツールに使われるのではなく、ツールを使いこなしながら、画期的な新薬創出に取り組んでいきたいものです。