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活薬のひと

「もしかして、薬剤師っていらなくない?」アンサングシンデレラ医療原案担当のつぶやき

焼津市立総合病院 薬剤師
コミック「アンサングシンデレラ」医療原案
富野 浩充 氏

はじまり

 「もしかして、薬剤師っていらなくない?」
 薬剤師にとって衝撃的なモノローグで始まる「アンサングシンデレラ」ですが、担当編集者Y氏との初顔合わせのときにそんな話をしました。彼が「今まで会ってきたどの人も『薬剤師は必要だ』と言っていたので、そういう人がいるとは思わなかった」と返してきたのを覚えています。2017年の夏、東京駅近くの喫茶店Rでした。
 薬剤師不要論というのがちょくちょく話題に上がるためか、反論はたくさん出てきます。一番わかり易いところでは、処方の二重チェックをもって、「薬剤師がいなければ大変なことになる」という論調でしょうか。他にも、「お薬手帳による他院処方との飲み合わせ」だったり、「医師は専門以外の薬には詳しくない」だったりします。病院で働いていると、注射剤の配合変化にも気を遣ったりします。
 確かに、ダブルチェックの役目を担っていることや、診療科を限定している医師と違い広く知っている、というのは薬剤師の強みかもしれません。
 しかし、このような立場の人間は必要かもしれませんが、果たしてそれが薬剤師である必要があるのでしょうか。それぞれ技師がいる病理や放射線科には医師がいます。同じように、薬専門の医師がいてもよいのではないでしょうか。またたとえば、獣医師は薬剤師を必要としていません。歯科医師と医師は別の資格ですが、歯科も医師の一分野としてはいけないのでしょうか。
 図らずも薬学部は6年制になり、私のような4年制卒のときよりも、臨床寄りのカリキュラムになっていると聞いています。それなら、ますます医師と同列で、もしくは医師の進路の一つとして薬学を学んでもよいのではないでしょうか。そんなことを考えたとき、薬剤師が医師と別の資格として存在する意義は何なのだろう、と思っていました。
 

担当編集との初顔合わせ

 病院薬剤師を主人公にした漫画を作りたいのだが監修をお願いしたい、とコミックゼノンのアカウントからコンタクトがあり、ちょうど東京に行く用事があったので会うことになりました。喫茶店Rで仕事の話なんていうシチュエーションは、臨床薬剤師をやっていたらまずありえないだろうな、と思いつつ店に入って編集さんを探しましたが、店内を見回してもそれらしい人が見当たりません。メッセージを交換しつつ、もう店舗に入っていると返事がありますがやはりわかりません。店員さんに確認すると、東京駅の八重洲北口方面には2店舗あって違う店に入っていたと発覚しました。
 そんなこんなで10分ほどロスをしてしまったのですが、無事に担当編集となるY氏と会うことができました。
 「薬剤師が主役で物語が作れるのか」と聞く私に対して、彼は自信を持って、「できます」と断言しました。彼は次の漫画の立ち上げ題材を探していて、薬剤師の持つ「疑義照会」権限に目をつけ、医師に唯一物申せる立場であり、これはドラマになると確信したそうです。
 私も日経DIで物語風に薬剤師の日常を書いていたのですが、薬剤師が主人公だと、どうしても治療の中心には持ってこれないので、物語の中心に据えるのは難しくなります。治療・診断は医師の領域であるので当然なのですが、他の医療マンガや物語を見ても、薬剤師が登場する場面はほぼありません。「フラジャイル」では数コマ確認できましたが、「Ns'あおい」では1コマも出てきません。個人的に好きな「天久鷹央シリーズ」(小説)にもいまのところ薬剤師は登場していません(字面だけ)。医療の物語は薬剤師が不在でも問題なく進むのです。薬剤師の日常を描くのならともかく、ドラマティックにするのは難しいのではないか、と思っていました。しかし、Y氏は「きっと面白い話を作れる」と言うので、それならば、と話に乗ることにしました。
 

薬剤師って、普段何をやってる人なの?

 そもそも、薬剤師の一般への認知度は低いと思っています。今回、アンサングシンデレラが映像化されるにあたって、様々な媒体に取り上げていただきましたが、記事中に「薬剤師とは」という項目を設けて、薬剤師がどういう仕事をしているのか、どういった資格なのかと解説をつけているところも見られました。私に来たインタビューの中にも「薬剤師について教えてください」という、一言では答えられないような質問もありました(これについては5巻の巻末コメントで少し述べましたのでぜひご覧ください)。これは、医師や看護師だったらおそらく聞かれない質問でしょう。かくいう私も、現場で働くまで、薬局や病院にいて薬を出してくれる人、くらいの認識で、どんな仕事なのか理解していませんでした。
 薬学部を出た学生がそんな程度です。病院で働いていると、患者からは、男性薬剤師は医師と思われ、女性薬剤師は看護師と思われます。そんな中で始めたのが、薬剤師有志による同人誌「The Pharmacists' Haven」でした(同人誌紹介ページ:http://torsades.chillout.jp/pha/)。薬剤師という職の周知を目的として、一般向けに日常や思考を綴っています。......と書いてみましたが、歯科医の知人が同人漫画を出していて、薬剤師視点でやっても面白いんじゃないか、と思ったことがやり始めたきっかけです。
 2011年から始めて、評判はそこそこ安定してきました。主にコミックマーケットに出展していますが、2020年はすでに5月が中止となりましたし、今年はイベントそのものが厳しそうですね。
 

第1話ができるまで

 同人活動は楽しく行っていたのですが、同業者への受けは良いものの、一般への周知は難しい、と感じていました。そこに漫画の誘いです。まさに一般への周知として良い媒体です。話を聞いて、ぜひやらせていただこうと決めました。
 そこから、担当編集Y氏と荒井ママレ氏(アンサングシンデレラの漫画家)と医療薬学会に行ったり、焼津市立総合病院にも来ていただいて、薬剤師の雰囲気を感じてもらいました。Y氏の主導で「相互作用を薬剤師が見つける」というお題を出され、物語の「テオフィリンと喫煙」以外にもいくつかあげて検討しました。第1話のつかみとして「わかりやすい話」という条件もあり、荒井さんも迷走していたようでした。後から聞いた話では、「動き一つとってもどう描いていいかわからないし、普段どんな話をしているのかすらわからない」ということで、完成するまで大分時間を費やしました。
 そして、満を持して、というよりも、どうにかこうにか第1話がゼノン本誌に掲載されました。そこからは、毎月がネタ探しと検証とネームチェックと原稿確認で過ぎていきました。特に単行本が発売されてからは良い反響が多く、おおむね受け入れられたようでほっとしています。
 

漫画に関わってから

 ネタの裏付けをとるところから、ネームでの疾患と処方と治療の流れについて整合性を確認したり、表立って書かれない患者の処方を細かく設定する(例えば10話ではジェネリックや安い代替薬に変更すると自己負担額がどれだけ安くなるか、実際に治療を想定した処方を組んで322円という数字を出しています)こともあり、単純に勉強になっています。
 ただ、それ以上に、自分の姿勢というか、考え方が変わってきたのを感じています。
 2巻で薬局薬剤師の小野塚を登場させてから、薬局薬剤師が患者を見てどう感じたか、それを経てどう判断して疑義を送ってきたのか、そういった相談をしたいと感じるようになりました。
 院外処方の病院に移ってからは、保険薬局から疑義照会を送ってくるものを調べて返す、こちらからは持参薬や処方歴などわからないところがあったら問い合わせる、くらいの意識でした。薬局薬剤師のほうが、患者個人に対しては総合的に長期間関わっているはずです(門前や敷地内薬局についてはわかりませんが)。ひとりの患者についてお互い相談できるようになっていければ、字面だけでない薬薬連携ができていくのでは、と感じています。まだまだお互い形式的なやり取りが多く、先方に理解されないこともありますが。
 

病院薬剤師と薬局薬剤師の溝、改善するには

 4巻の後半は薬薬連携がテーマの一つでもありましたが、ここに書いたのは一つの理想で、お互い相談できるような関係になるには、まだ時間がかかりそうです。薬薬連携、と言葉だけが先行している理由は何なのでしょう。
 私はドラッグストアや街薬局勤務を経て病院薬剤師へと転職しましたが、薬局薬剤師と病院薬剤師は、あまり接点がありません。ご存知のように、薬剤師会と病院薬剤師会は別組織で、学術大会もそれぞれが開いています。両方に所属しようとすると、当然ながらそれぞれに年会費がかかります。私の運が悪いのか、それが当然なのかわかりませんが、年会費を負担してくれた病院はありません。日常業務のみで疲弊していた20代の頃(8時半から21時過ぎという日勤業務が日常でした。日が変わるまで働くこともしばしば)は、特にメリットも感じられず、学会に行く気力もなく、年間数万取られるだけだから、とどちらの団体にも所属していませんでした。
 このように時間的、精神的なことに加え、金銭的なハードルも大きく、多くの臨床薬剤師はどちらか片方しか所属していないと思われます。なので、学会や勉強会でも顔を合わせることはないし、お互いの考え方を知ることも難しいでしょう。できることならここを統合して、学術大会を共有できれば、状況は変わってくるのではないでしょうか。
 

そして、ドラマ化へ......

 Y氏はおそらく立ち上げ当初から狙っていたのでしょう。既刊3巻という少ない時点でドラマ化が決定、告知されました。少々おののき、いろんな思いと不安が渦巻きましたが、地上波ドラマとなれば、漫画を読まない層にもアピールができるでしょう。薬剤師という職が注目され、中高生が進路先にと考えてくれるようになったらうれしい限りです。
 
 「薬剤師っていらなくない?」と思われないためにも、邁進しましょう。




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フラジャイル:草水敏原作、恵三朗漫画による、病理医が主役のコミック
Ns'あおい:こしのりょうによる看護師が主役のコミック
天久鷹央シリーズ:医師でもある作家、知念実希人による天才女医が主役の小説