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活薬のひと

多様性のすすめ

京都府立医科大学 教授
鈴木孝禎 先生

はじめに

 私は、東京大学薬学部を卒業、大学院修士課程修了後、日本たばこ産業(株)(JT)で約6年間働き、その後、名古屋市立大学薬学部教員、米国スクリプス研究所留学を経て、現在、京都府立医科大学において創薬化学を専門とする研究室を主宰させていただいています。このように、いろいろな経験をさせていただいた中で、研究において常に私が意識してきた言葉があります。それが、「多様性」です。私自身、まだまだ若輩者で恐縮ですが、この寄稿文を、特に薬学研究を志す若者へのメッセージと捉えていただきたいと思います。

自己の多様性を養おう

 良い研究者とは、どのような研究者でしょうか?知識や技術に秀でた人でしょうか?決してそれだけではありません。私見になりますが、一つの事象に対し様々な角度から考察することができ、それを基にオリジナルのアイデアを提案できる人は、研究者として優れた資質を持った人であると言えます。どうすれば、様々な考え方の出来る人(自己の多様性が高い人)になれるでしょうか?私は、いろいろな経験を積むことで自己の多様性を高めることが出来ると考えています。しかし残念ながら、日本の研究室で普通に研究生活を送っているだけでは、自己の多様性を養うことは容易ではありません。アメリカであれば、大学院に進学する際、通常は学部とは別の大学の大学院に進学します。また大学院では、指導教授だけではなく、定期的に何名かのアドバイザー教授から指導を受ける機会もあります。私が留学したスクリプス研究所では、大学院3年時に自分自身のオリジナルテーマを提案する発表会も設けられており、大学院生はそのためにいろいろな論文を読み漁り、自分自身の研究を見直し、周りからアドバイスを得ています。このように、アメリカでは若いうちにいろいろな体験をし、自己の多様性を自然と養えるシステムになっています。一方日本では、学部学生の時に配属された研究室で大学院に進学することがほとんどです。アメリカと比べると、広い多様性を獲得するチャンスは低いと言えます。日本の学生の皆さん、大学院に進学するのであれば、学部とは別の大学、研究室を選んでみてはどうでしょうか?そして、教員は快くそれを認めてあげてほしいと思います。私は、自分の学生が他大学の大学院を希望した時には、快諾してきました(名古屋市立大学の時は、むしろ勧めていたかもしれません。宮田直樹先生、すみませんでした。)。可愛い子には旅をしてもらいたいと思います。

いろんな人と話そう

 ただ、いろいろな研究室に所属しただけでは自己の多様性を高めることは出来ません。それぞれの場所で、いろんな人と話し、考え、行動することが重要です。私のこれまでの研究人生の中でも多くの方との出会いが自己の多様性を高めてくれたと感じています。学生の時、会社員の時、留学の時、大学で教員として働いている時に、いろいろな人と接する中で、いろいろな考え方、行動力が身に付き、自己の多様性が高まったように思います。学生の時は、恩師の首藤紘一教授から、「人のマネは絶対にするな!」と常に言われ、二学年上の内山真伸さん(現東京大学薬学部教授)からは、いつも「つぎは何やる?つぎ何やれば面白い?」と訊かれ続けたことから、常にオリジナルの研究を考え続けるという研究者としての心構えを身に着けることができました。会社では、どんなネガティブデータを出しても、上司の橋本宏正さん(JT医薬総合研究所化学研究所前所長)からは、「おもしろい。さあ、つぎ何しよ?」と返答され、常にポジティブに考えることを学びました。春田純一さん(JT医薬総合研究所前所長、現大阪大学薬学部特任教授)から、「自分が思いついたことがあったら何でもやれ!わしが『やるな』って言ってもやれ!!」、スクリプス研究所のM.G. Finn教授から、 「Chemistry means “Chem is Try”(ChemistryとはTryすることだ。)」というお言葉をいただき、思いついたことはすぐに実行する行動力の重要性を教えてもらいました。名古屋市立大学の宮田直樹教授や東京大学の大和田智彦教授からは、研究室のリーダーとしての考え方、京都府立医科大学の先生方からは、患者の立場からの考え方をご教授いただきました。研究室の中で黙々と実験することも重要ですが、将来のことを考えると、人と接することはもっと重要かもしれません。引っ込み思案なあなた、ほんの少しの勇気を出して、周りの人に話しかけてみませんか?

創薬研究における多様性

 創薬科学は、様々な専門科学が集結した科学であることから、創薬研究には学問的な多様性は当然重要です。私は、創薬研究には学問的な多様性に加えて、研究者の多様性も重要であると考えています。同じような考えの研究者が集まって同じような考えを出し合っていても、薬を創ることは難しいと思います。それぞれの分野の研究者が様々な考えを持って研究に取り組むことで、新しい薬が産まれるのではないかと思っています。私がJTに務めていた当時、研究所内には多種多様な人達がいました。入社後に分かったことですが、当時の所長の方針で、普通の企業では採用されないかもしれない個性のある学生を好んで採用していたそうです(自分もその一人かと思って、当時はショックでしたが)(就活生の方への注意:現在の採用方針は当時とは違うかもしれません)。中には、学生時代には有機化学を専攻していないのに、合成化学者として採用された方もおられました。近年のJTにおける革新的新薬の創出は、JTの研究者の多様性がもたらしたものであると感じています。

 さて、私が主宰する研究室では、アカデミアにおける創薬化学研究を行っています。私は、これも創薬研究の多様性の一つであると考えています。創薬化学は企業でしかできないという人もいますが(私も昔はそう思っていました)、大学の創薬化学研究が新薬創出に結びつくこともあります。実際に、首藤先生が見出した化合物は抗白血病薬として上市されましたし、我々の研究室の研究成果も臨床開発につながっております。アカデミア創薬の重要性、必要性を改めて感じています。

最後に

 自分の中に多様性があれば、研究だけではなく、人生に対する考え方も変わるかもしれません。嫌なことがあった時に感じるつらい気持ち、悲しい気持ちも、考えようによっては、生を実感している喜びと捉えることもできます。よく最近の若者は積極性に欠けると言われますが、自分の中で考え方を少し変えるだけで、いろんなことに積極的になれると思います。挑戦したいけど失敗したらどうしようと二の足を踏んでいるあなた、「失敗した」を「うまくいかない方法を見つけることに成功した」と考えて、どんどん挑戦してみませんか?