活薬のひと

創薬エコシステムの構築に向けて

日本製薬工業協会 会長 中山 讓治 氏

はじめに:製薬企業の役割

 私が会長を務めております日本製薬工業協会は、71社の研究開発型製薬企業で構成されており、「革新的新薬の創出を通じて世界中の人々の健康と医療の質の向上に貢献する」ことを使命に掲げています。
 我々製薬企業は、日々研究開発に注力し、イノベーションによって患者さんの期待に応える新薬を創出すべく努力を続けています。創出された医薬品は、商品になることで収益を生み、それが次の研究開発の原資となり、更に進化した革新的新薬の開発に繋がっていきます。一方で、製薬会社の研究開発は、新薬により個々人の健康を実現するとともに広く科学や技術の進歩に寄与することで国の経済成長にも貢献することになります。

創薬における研究開発生産性の低下

 製薬業界は、他の業界に比べ、売上高に対する研究開発費用の割合が高いことが特徴です。更に、近年では新薬の研究開発費用が急激に増加する一方、開発される新薬の数はほぼ横ばい状態という大変厳しい状況にあります。今後、新薬開発自体のイノベーションも望まれているのです。

創薬エコシステム構築の必要性

 次世代の新薬開発を牽引するイノベーションを実現するためには、「創薬エコシステム」の構築が必要になります。イノベーションに関わる当事者が、目指すべき方向性を共有し、協調して取り組むことが重要です。それには、役割分担を明確にした産官学連携の推進、バイオベンチャーの育成と推進、そして、革新的創薬の基盤となるアカデミアの基礎研究力の強化が望まれています。
 創薬環境が最も優れている米国の例を日本との比較で考えてみますと、まずその産業構造全体が日本とは大きく異なっていることが分かります。すなわち、①米国は世界の医薬産業の中で最大の力と規模を持っていますが、その背景には領域ごとの競争と、競争によって産出されたエコシステムが存在していること、②新薬創出の研究段階では、NIH(米国国立衛生研究所)が、また臨床開発段階ではFDA(米国食品医薬品局)がルールメーカーとなり、活発な競争を促していること、③川下の医療サービスや医療保険産業が、多様かつ競争的で、イノベーションを強く牽引していること、④エコシステムが他国企業や他国製品を含めて、イノベーティブな医薬品のインキュベーターとして機能してきたこと、などが挙げられます。
 この産業構造の差が、日本と米国の創薬力の差にも結びついていると思われます。また、エコシステムが創薬に大きな力を発揮していることから、今後は、エコシステムの強弱によって、日本と米国の創薬力の差がさらに広がることも考えられます。
 今後、日本では少子高齢化が進み、経済成長力が低下し、社会保障費が国の財政を圧迫するなど、悲観的な予測も多く聞かれます。このような状況で、国が革新的な医薬品の薬価を切り下げ、医療全体の圧縮を進めるとしたら、それがイノベーションの衰退、医療の質の低下を進め、結果的に国民の健康の悪化に繋がります。このような「デビルサイクル(悪循環)」に陥ることは絶対に避けなければなりません。

 これを「エンジェルサイクル(好循環)」に転換できるのが、ライフサイエンスと医療の進歩だと私は考えています。すなわち、「新薬イノベーション」の推進により、「疾病の治癒」や「健康寿命の延伸」がなされ、「社会保障費や社会の負担を軽減」させます。また、労働人口の増加が見込め、「経済効果」となり、「GDPの上昇」に寄与します。支えられる側から支える側に転換することは、社会保障制度の持続性の向上や、次の新薬イノベーションにも貢献することになるでしょう。
 さらに、ライフサイエンスの革新的なイノベーションにより、新たな産業プラットフォームが構築され、次世代の産業成長力を生み出すことが可能になります。ライフサイエンスは日本が強みとする分野であり、それにさらに付加価値のある技術を付加することにより、次世代の成長産業として発展させることが可能です。ライフサイエンスから生まれた新技術は、他の分野にも応用され、産業全体が活性化することも見込めます。
 このような「エンジェルサイクル(好循環)」を回すことが、日本の明るい未来を作る力になると確信しています。
 そのためには、日本に強力な「創薬エコシステム」を構築することがひとつの鍵になります。創薬に携わる関係者が、日本の創薬エコシステムを創り上げ、そして、米国の創薬エコシステムにも積極的に参加して頂きたいと思っています。その結果、オープン、つまり排他的ではなく、ボーダレスに繋がっていける「創薬エコシステム」が構築され、日本に元気で明るい未来をもたらすことになると考えています。

薬学研究者への期待

 研究開発型製薬企業の最も本質的な使命は、イノベーションを産出し、製品として実現し、患者さんを苦しみから救うことです。
 その使命を実現するために重要な外的要件は、①イノベーションの価値を適切に評価する市場機能の存在、②イノベーション創出に向けた有機的かつ機動的な産官学のグローバルな連携と③創薬エコシステムであると考えます。しかし、イノベーションを実現するための最も重要な内的要素は、患者さんの苦しみを救うために不屈の意志を持って努力を続ける研究者「活薬のひと」です。日本薬学会と会員の皆さんのご活躍を大いに期待しています。