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活薬のひと

薬剤師としての離島・へき地医療の取り組み

一般社団法人徳洲会 薬剤部長
高橋 智 先生

「離島・へき地医療」とは

 皆さんは、「離島・へき地医療」についてどのような印象を持っていますか?もちろん、現在、離島やへき地で医療に関わられる方もいらっしゃると思います。もう十数年前になりますが「Dr.コトー診療所」というTVドラマがありました。南の島の厳しい医療環境の中で若い天才医師が苦労しながら孤島で島の人たちと信頼関係を築いていくというドラマだったと思います。このように離島・へき地医療というと「Dr.コトー診療所」のようなイメージを待たれる方が多いのではないかと思います。実際に「へき地」とはどのような所をいうのでしょうか? 国の「へき地医療対策」の定義によると、『「へき地」とは「交通条件および自然的、経済的、社会的条件に恵まれない山間地、離島その他の地域の内、医療の確保が困難であって、「無医地区」および「無医地区に準じる地区」の要件に該当する地域』と定義されています。簡単に言うと「へき地」とは「人は住んでいるけれど病院が近くにないのでとても不便な所」ということだと思います。このような「無医地区」、「準無医地区」は平成26年10月現在全国に1,057ヶ所あります。
 離島・へき地においては、軽い怪我、病気で命を落としてしまうことがあります。病院がない島では、脳梗塞を起こしたら、漁船で病院のある島まで運ぶか、自衛隊にヘリコプターを依頼するかでした。台風など気象条件が悪く漁船もヘリコプターも出せないときは祈るしかないのが離島医療です。

離島・へき地医療の関わり

 薬剤師としての私の最初の勤務地は、鹿児島県奄美諸島の徳之島でした。今から約30年前のことです。徳之島といえば、碧い海、青い空、照りつける太陽、そしてサトウキビ畑。今もその風景が脳裏に焼き付いています。周囲約80kmの島の人口は当時約32,000人。島には3つ病院が有りましたが、40床ほどの個人病院と精神科の専門病院、そして私が赴任した病院はその中で一番大きな200床ほどの病院でした。島では最後の砦と言われる病院でした。救急はすべて受け入れるしかなく、軽傷から重症の患者まで運び込まれていました。当時、薬剤師は地元出身の1年目の薬剤師と、同じく1年目の私と、助手が3名という布陣でとても十分とは言えませんでした。救いはグループの他の病院からの応援薬剤師1名でした。病棟業務は無く、調剤業務が主な業務でした。外来の処方箋枚数は1日200枚前後、入院処方箋は定期と臨時を合わせて週に400枚程。入院の内服処方の半数は粉砕指示、その他は、ほぼ一包化でした。注射類は既に当時から一本出し(個別払出し)をしており毎日200本以上払い出していたと記憶しています。毎日とても忙しかった記憶しかありません。これが薬剤師としての私の原点です。その後、千葉に異動、8年前に本部勤務になり離島・へき地の応援業務の調整なども担当しています。
 現在の徳之島病院は常勤薬剤師2名、応援薬剤師4名、助手1名、計7名で業務を行っています。業務内容は、基本的に都市部の病院薬剤師の業務と変わりありません。病棟常駐はしていませんが、薬剤管理指導業務を全病棟(5病棟)で行っており、薬剤管理指導件数は月平均250から300件ほど実施、算定しています。応援薬剤師4名は、グループの他病院から2ヶ月交代で来ています。私たちのグループは、この徳之島以外にも奄美、沖縄、屋久島などの島々や、本土の医療過疎と言われる地域の22病院を支援しています。薬剤師の業務応援は、2017年度(平成29年度)22病院41枠、延日数12,093日でした。
 離島だからと言って薬剤師業務が都市部に比べてレベルが低いということは決してありません。都市部の薬剤師と同じ業務を行っています。現在は、ネット環境もあり、WEB勉強会等への参加も可能になりました。離島やへき地においても簡単にアクセスできるので、以前のように、田舎だから勉強する機会が無いというようなことはありません。不便な事と言えば、医薬品を発注してから納品まで時間を要すことであり、台風がくると1週間以上船便が欠航し入庫しないことが有ります。離島・へき地はその地域独特の文化はありますが、医療に関しては都市部と変わらない医療を行っています。

グループ全体で離島・へき地医療を支える

 離島・へき地医療を継続するには、人員を確保し経営を成り立たせることが重要です。
 単体の施設で離島・へき地医療を展開し継続していくことは大変難しいと思います。私たちが離島・へき地医療を展開、継続できるのはグループ病院の支援があるからです。グループの人的、経済的支援により、必要な人材を派遣し、CT、MRIなど高度医療機器を導入、透析施設も開設することができるのです。電子カルテも統一し、どの病院へ行ってもすぐ業務ができる環境にしました。また、病院だけでなく、クリニック、老人介護福祉施設、グループホーム、特別養護老人ホーム、訪問看護ステーションなど介護・福祉施設も整備することによって、地域医療に貢献しています。
 私たちは次のように離島・へき地医療を段階的に展開してきました。①都市部に病院を複数建設、②病院経営を安定させ資金、人材を確保、③離島・へき地に病院展開、④離島・へき地に医師、看護師、薬剤師、その他の職種の応援によるサポート体制を構築、⑤クリニックや介護施設(老健、グループホーム、特養、訪問看護ステーション等)を開設。このようにグループの支援により離島・へき地医療を展開してきました。

人手を補うための技術革新に期待

 離島・へき地で医療をするということは、その地域の人々の生活を支えることだと思います。離島・へき地へ薬剤師のリクルートは非常に厳しく、薬剤師不足を解消することは難しいと思います。今後も離島・へき地医療が滞ることのないように薬剤師の業務応援を継続して行きたいと思います。将来的には、技術革新により人手不足が少しでも補えるようになることを期待しています。例えば、AIによる診断や薬剤師に代わる調剤ロボットや抗がん剤のミキシングロボットなどを導入していければと考えています。一部調剤ロボットも導入しました。また、遠隔手術、遠隔服薬指導なども将来的には導入されることを期待しています。離島・へき地医療だけでなくこれらの新しい技術が少しずつ導入されてこれらの技術革新により一つでも離島・へき地が日本から無くなることが私の願いです。