活薬のひと
共創とイノベーションで築く、
医療の未来と新しい価値

はじめに
2025年5月に、日本製薬工業協会(以下、製薬協)の会長に就任いたしました。これまで日本の製薬産業の発展にご尽力されてきた皆さまのご貢献に深く敬意を表するとともに、この重責を担う機会をいただいたことに心より感謝申し上げます。
製薬協は、研究開発志向型の製薬企業69社(2025 年4 月1 日現在)が加盟する団体であり、我々の使命は、最先端の科学技術を活用し、有効性と安全性の高い新薬を開発し、必要とする患者さんに迅速かつ安定的に届けることです。革新的な医薬品の創出は、新たな治療手段の提供にとどまらず、医療コストの適正化やQOL(生活の質)の向上にも寄与します。近年は、がん、希少疾患、認知症などの分野で画期的な新薬が登場しており、薬学の叡智との連携を深めながら、研究開発の加速を目指しています。
製薬協の産業ビジョンの中核には、患者視点に立つ「Co-creation(共創)」の考え方があり、『患者・市民参加型創薬』の実現、さらには創薬の枠を超えて、持続可能な健康社会の実現を目指しています。そのためには医療データやAIの活用による医療DXも不可欠です。多様なステークホルダーとの対話を重ね、新たな価値を共創することで、日本の医療のさらなる発展に貢献してまいります。
「危機感」を「機会」に変えて
今、私は3つの危機感を持っています。第一に、創薬力の低下です。過去5~10年でその傾向は顕著であり、強い危機感と悔しさを感じています。第二に、安定供給への懸念です。後発品の安定供給だけでなく、革新的な医薬品においてもドラッグラグ・ロスが生じ、海外で使用されている薬剤が日本の患者さんに届かない状況があります。第三に、医療財政の問題です。インドネシアおよびベトナムでの勤務経験を通じ、日本の皆保険制度の素晴らしさを再認識しています。これを超高齢社会においていかに維持・発展させるかが、重要な課題です。
しかしながら、この状況こそが日本にとって市場の魅力度を高める取り組みを加速させる好機であると捉えています。新設されたPMDAワシントンオフィスへの相談件数の増加にも見られるように、海外企業の関心も高まっており、この機を活かして日本の医薬品市場の魅力を世界に発信していきたいと考えています。
原体験を軸に、『不易流行』の精神で
高校時代、1997年の京都議定書の国際会議をみて環境問題への関心が高まり、農学分野の研究の道を進みました。しかし、研究の基礎的な部分に携わる中で、成果が出るまでに何十年もかかる現実にも直面。そのような中、祖母のがん闘病を傍で支え、薬が持つ力を目の当たりにしたことで、医療に貢献したいという思いが芽生えました。直接的に人の健康に貢献できる道を模索した結果、先輩の勧めで製薬企業の道を選択しました。現在でもキャリアのターニングポイントでは、これらの原体験を振り返り、「医療を通じて人と社会に貢献したい」という根本的な思いを確認しています。
私は「不易流行」を座右の銘としています。環境の変化に応じて柔軟に対応する一方で、自身の原点や信念は揺るがない。海外赴任やポジション変更などキャリアの節目においても常に「変えるべきもの」と「変えてはならないもの」を問い続けてきました。この柔軟性と一貫性の両立こそが、激動する医薬品業界において、私がリーダーとして大切にしている姿勢です。
共創で、未来を切り拓く
医療保険制度や薬価制度などは、国民・患者さんにとって理解しづらく、私たちが伝える内容も規制や制度によって複雑になりがちです。創薬エコシステムにおいて国民・患者さんは重要なステークホルダーであるにもかかわらず、私たちの活動内容が十分に理解されていない現状に対し、さらなる努力が必要だと感じます。だからこそ、情報提供のあり方や発信方法を工夫し、相手に応じたわかりやすいコミュニケーションを通じて、発信力の強化を図ることが不可欠です。
冒頭でも述べた通り、私が最も重視しているのは、ステークホルダーとの「Co-creation(共創)」です。製薬企業だけでは何も変わりません。政府、アカデミア、医療従事者、患者さん・国民の皆さんと共に、日本を魅力的な国にしていくかを考えていきたいのです。創薬エコシステムにおける各プレイヤーの役割を明確化し、投資すべき領域を見極めるとともに、国と民間の役割分担を再定義することが重要です。
会長任期は2年間と限られていますが、中長期的な視点をもって製薬協の機能強化と発信力向上に取り組み、薬学を支える皆さまとも共創しながら、日本の医療の未来を切り拓いてまいります。