薬学用語解説
後天性免疫不全症候群
作成日: 2023年07月22日
更新日: 2024年03月01日
生物系薬学部会
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レトロウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染によって起る、全身性の免疫不全症候群をいう。HIVにはHIV-1とHIV-2の二つの型があり、全世界的にはHIV-1ウイルスが多く、HIV-2は西アフリカを中心とする地域に限定されている。2021年のUNAIDSの発表では、世界のHIV感染者数は3840万人、毎年150万人が新たに感染し、年間65万人がエイズ関連で死亡していると推定される。エイズは5類感染症であり、国立感染症研究所の「病原微生物検出情報」によれば、わが国では2020年に新たに750件のHIV感染が報告された。新型コロナウイルス感染症に伴う検査機会の減少に留意する必要がある。1985~2020年の累積報告数はHIV感染者22,489件(男性19,928件、女性2,561件)、エイズ患者9,991件(男性9,121件、女性870件)である。同性間(72.4%)および異性間(8.9%)の性的接触による感染例が多い。血液凝固因子の非加熱製剤に混入したウイルスの血友病患者への感染がかつては多かったが、加熱製剤への切り替えで激減した。感染した母親から胎児への子宮内感染、産道感染および新生児への授乳感染など、母子感染による新生児エイズの報告もある。HIVはCD4陽性のT細胞やマクロファージに感染する。感染6~8週目に抗HIV抗体陽性となり、この時期の感染者を無症状病原体保有者(キャリア)と呼ぶ。やがて宿主の免疫が低下してCD4陽性T細胞数が減少すると、持続性全身性リンパ節腫脹症となり、続いて発熱、体重減少、倦怠感、下痢を発症する。この時期をエイズ関連症候群(ARC)と呼ぶ。さらに免疫能が低下すると、ニューモシスチスカリニ肺炎、結核、性器ヘルペスなどの日和見感染症やカポジ肉腫などを発症してエイズと診断される。感染から発症までの期間は、一般に数年から10年以上までと長い。この間に、ウイルスはT細胞やマクロファージに感染して徐々に免疫不全に至る。宿主における免疫低下の進行は、CD4陽性T細胞の数や、T細胞のCD4/CD8の比によってモニターすることができる。HIV感染の診断は、ELISA法などによるスクリーニング検査、ウエスタンブロット法などによる確認検査の順で行われる。 治療には、核酸系逆転写酵素阻害剤に加え、非核酸系逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害薬、インテグラーゼ阻害剤などを組み合わせた多剤併用療法が標準とされる。これらの薬はいずれもHIVの複製を抑え、CD4細胞の破壊を防ぐ。しかし副作用や潜伏感染ウイルスには無効という問題がある。予防にはワクチン開発が進行中であるが、ウイルス外膜のenv遺伝子の変異が高頻度で起るため、困難を伴う。「同義語=エイズ」