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活薬のひと

 MSD生命科学財団(旧万有生命科学振興国際交流財団)は、日本が国際競争力を維持し、発展するための鍵として「有機合成化学」に早くから着目し、四半世紀を超える長きにわたって万有シンポジウム(札幌、仙台、福岡、名古屋)を開催してこられました。この万有シンポジウムでは、延べ4万人以上の学生が有機合成化学の深遠さと広さ、その無限の可能性に啓発され、数多くの素晴らしい人材へと育ってまいりました。東北大学(仙台)に10年間お世話になりました私もその一人として、多くの恩恵をいただいたと今でも感謝いたしております。

 万有シンポジウムは1989年(平成元年)以来29年間、北海道・東北・九州・中部地区などで毎年開催され、その総数は既に100回以上に達し、開催地区の研究活動の活性化に大きく貢献しています。このシンポジウムの主な対象者は若い研究者であり、毎回多くの大学院生や学部学生が最先端の研究に触れるとともに、講演に併行して行われる大学院生のポスター発表など、学生が積極的に参加し、夢と自信を持ち帰るという大変ユニークな教育の場となっています。一方、講演会では企業における合成化学研究も意欲的にとりあげられ、大学の若手研究者が実践的研究の重要性を理解する絶好の機会にもなっています。これらのシンポジウムが、開催地区大学の学部・大学院や専門領域を超えた交流に、また多くの大学間交流や学生・教員との交流まで波及効果を及ぼし、理学・工学・薬学・農学など広範な学問領域にまたがる研究交流の活性化を促していることは驚くべきことです。今日では大学教育の一環として、若手教員や学生に積極的に受講させるほど評価は高く、参加者は毎年1500名以上を数え、本学術領域の教育・振興に重要な役割を担っています。
 昨年12月には、これまでの万有シンポジウムの実績を記念して「四半世紀記念万有シンポジウム」が東京にて開催されました。本領域のノーベル賞受賞者である野依良治先生、鈴木章先生、根岸英一先生、大村智先生の4人がそろって参加され、感謝の意・祝辞を述べられました。参加者は日本各地から400名を超え、日本の有機合成化学・化学薬学分野における万有シンポジウムの貢献に感謝する素晴らしいシンポジウムとなりました。

 有機化学分野に加え、1998年(平成10年)から生体関連分野のシンポジウムも開催されました。薬物動態と製剤技術の融合した製剤学シンポジウムや、最先端研究を若手研究者にわかりやすく解説してもらうとともに講演内容全体を大きなストーリーで構成されるように企画した薬理学・生命科学シンポジウム、さらに2001年(平成13年)から開催された化学工学分野のシンポジウムは、これからの日本の基幹産業として重要視される医薬品産業を対象に化学工学の役割を追及する画期的内容で「創薬工学シンポジウム」という新しい領域を取り上げた企画でした。このような工学と薬学の融合からなるシンポジウムは日本に例がなく、従来の枠組みを超えた存在でした。
 これらの領域のシンポジウムは、各学会が主催するシンポジウムとは全く異なり、学会横断・産学連携型、また若手研究者対象という特異な存在であり、諸般の事情により終了されたことは誠に残念であります。

 一方、シンポジウム開催と連携して、現在有機合成化学分野で活躍している優れた研究者に対して各種のAwardも企画され若い研究者を啓発しています。名古屋メダルセミナーでは、国際的に偉大な業績を上げている研究者にGold Medalを、優れた業績をあげ今後の活躍が期待される日本のRising StarにはSilver Medalを、それぞれ授与しています。さらに、従来、日本の若い研究者は、その実力にかかわらず国際的な若手奨励賞(例えば、Thieme Award)などを受賞する機会にほとんど恵まれていないことから、日本の活力ある30代後半の研究者を「Lectureship Award MBLA」として表彰しています。この賞は海外の著名な研究機関で講演する機会を与え世界的にvisible にし、海外研究者とのネットワークの構築により、日本を代表する研究者へ育成するという重要な役割を果たしています。今やLectureship Award MBLAは若い有機合成化学者の登竜門的存在であり、新進気鋭の多くの研究者がこのAwardを目指しています。
 さらにもう一つの活動として、2010年(平成22年)から毎年「大津会議」と称した若手育成塾が開催されています。これは真に社会の要請を考慮して基礎研究の重要性を認識し我が国の有機合成化学を担うべき視野の広いエリート研究者を育成することが目的です。これらの試みは、我が国のリーダーとなるべき若い研究者のネットワークを構築し、これからの日本の産業の基礎を担う人材育成に確実に貢献しています。

 このように、MSD生命科学財団は、一貫してシンポジウム活動・表彰・研究交流などを通して、今日の有機合成化学・薬学関連分野の隆盛に大きな推進力を与え続けています。今日、多くの講演会やシンポジウムがそれらを維持することさえ難しい状況の中で、この財団の主催、後援するシンポジウムが毎年発展し続けているのは驚嘆するものがあります。これらは、財団の卓越した企画力と時代を先取りする先見性に負うところが大きいと同時に、若い研究者の活性化とその参画意欲を大いに駆り立てた結果に他ならず、MSD生命科学財団の並々ならぬ日本の薬学研究の発展への熱情を我々は評価しすぎることはありません。我々大学教員にとって次世代研究者の育成は大きな命題ですが、大学研究室と異なる視点から幅広い教育、経験の機会を財団が支援してくれていることに深く感謝しています。MSD生命科学財団の多大な貢献に改めて感謝申し上げるとともに、今後も多彩な連携による次世代教育の機会が広がることを願ってやみません。

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