活薬のひと|公益社団法人日本薬学会
       
 
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活薬のひと

 「くすりはリスク」という駄洒落のような言葉を最初の授業で板書した薬理学教授による講義は、もうかれこれ20年ほど前になります。私が医学生だった頃の「薬」に対するイメージは、薬物療法という医師としての治療の根幹の一つをなすもの、そして薬理学講義で解説される難解な薬物動態の話やおびただしい数の化学構造などでした。その頃は数百もの薬剤を治療薬として使いこなす自分の将来の姿は想像できませんでした。平成12年に医学部を卒業した私はその後、腎臓内科医としての道を歩み、慢性糸球体腎炎に対する免疫抑制薬を用いた治療など専門的な治療にも従事するようになりました。

 卒後9年目から地域医療に従事したいと思い、家庭医療(総合診療)の後期研修プログラムで3年間の再研修を受けました。内科医として用いる薬剤のみならず、小児や婦人科疾患、精神疾患などに対する治療としてのさまざまな薬剤、それらの用量や副作用を新たに記憶し習熟するのは大変でしたが、日々の診療にやりがいと充実感を感じていました。
 しかしその頃から薬物療法に対する私の認識に大きな変化が起こりました。薬物療法だけでは「治らない」患者に多く遭遇するようになったのです。糖尿病のような生活習慣が大きく影響する疾患、認知症のような老化に伴う疾患、不安障害やうつ病、身体表現性障害など精神心理的要因を背景とする疾患などです。無理に薬だけで治そうとすると、副作用が全面に出て失敗したりします。例えば、血糖コントロールの悪い患者をSU剤の増量だけで対応しようとしたり、うつ病の患者をSSRIなどの抗うつ剤の調整だけで対応しようとしたときは、大抵うまくいきませんでした。家庭医療で学んだ「生物-心理-社会モデル」では、人間の健康には生物医学的要因だけではなく、心理的要因、さらに社会的要因が影響しあっていると考えます。生活習慣病であれば、ふだんのライフスタイル、仕事や生活の上でのストレス、心理的不安、家庭状況、解釈モデル(自分では病気をどのように意味づけしているか)などを詳しく聞いていき、その方との治療関係に情緒的・社会的支援を含めた多角的なサポート関係を築いていきます。ときには家族も巻き込んで、家族によるサポートを治療の一環として用いることもあります。このように自分の診療がシフトしてからは、薬物療法は治療における「道具」の一つと考えるようになりました。
 その後、大学に籍をうつし現在では学生教育と研究に主に従事しており、非常勤で家庭医としての診療を続けています。研究テーマとしては、多職種連携(interprofessional work)、医療コミュニケーションなどに関する研究を行っています。

 私のモットーは”If you give one step, the step becomes a road. Go on without fear, then you will find out”です。そうです、闘魂アントニオ猪木の引退スピーチ「迷わず行けよ、行けば分かるさ」です(笑)。私としては、この言葉に大きく二つの意味を託しています。一つは、キャリアの大きな分かれ道などで迷ったときは直感に頼って大胆に決断せよという直感主義、もう一つは、興味がある世界にはとにかく飛び込んで経験した方がよいという経験主義です。
 私にとってのキャリアの大きな分かれ道は、腎臓内科医から家庭医(総合診療医)に専門を変える決断をしたとき、そして臨床医から大学教員へとキャリアチェンジしたときでした。腎臓内科医から家庭医(総合診療医)へとシフトする決断をしたとき、私が考えていたのは、とにかくこの世界に飛び込んでみたい、家庭医として地域で働いている未来の姿へ向けて頑張ってみたいというチャレンジ精神でした。そうした人生における決断・意思決定というのは結局、どちらの選択肢が良かったかを比べることができません。そうした場合、後で後悔するときにチャレンジしなかった後悔と、チャレンジした後の後悔があるでしょう。どちらが良いかの価値観は人それぞれだと思いますが、私にとってはチャレンジしなかった後悔というのが圧倒的に悔しいと感じるのです。

 「もっと夢を持て!」と若い人に言い過ぎるのは「夢ハラスメント」と最近では言うそうです。何でも「◯◯ハラスメント」と言われる時代になり少し窮屈な気がしますが、確かに、誰もが有名になることを目指したり、壮大な夢を追いかけたりする必要はないと思います。これはダイバーシティ(多様性)が増してきた社会において、あるべき姿なのかもしれません。つまり誰もがナンバーワンになる必要はありませんし、オンリーワン(人と違うこと)を追求するのも結構しんどいものです。さまざまな人生のあり方、考え方があっていいですし、生き方を他人に強要される必要はありません。しかし、自分に対する適度なリスペクトを持ち、自分が毎日「心地よく」生きている状態、そして何か目標に向かって充実した生を送っている状態というのは、とても良いものです。このような状態こそが「健康」の本質なのかもしれません。このような充実した「健康」な状態を保つにはどうしたら良いのか、私自身も試行錯誤の日々ですが、いくつかのヒントを紹介したいと思います。
 一つ目は「好奇心」を持って生きることです。さまざまなことに対して素直に「好奇心」を持つことは、人を謙虚にさせます。そして目の前にことに対して偏見のない気持ちで、ワクワクしながら接し、学ぶことができます。人生とは生涯、学び続けることだとも言えます。
 二つ目は「目標」を持つことです。これは「夢」という壮大なものでなくても良いと思います。例えば半年後までに◯◯をやるとか、来年までにはこうなりたいとか、短期目標で十分です。目標は常に人を充実した活動へと駆り立てます。このときに注意した方がいいのは人と競争しないことです。人との競争には勝ち負けや、焦り、嫉妬など負の感情が伴うことが多いので、自分の中で目標を立ててそれを楽しくクリアする、くらいの気持ちがいいでしょう。小さな目標を達成することで、自分へのリスペクトも高まります。
 三つ目は「リフレクション(内省)」です。これは、ときどき立ち止まって自分のことを俯瞰した目で振り返ることです。日々忙しく過ごしていると、自分が何のために頑張っているのか分からなくなるときがあります。リフレクションは、少し時間の余裕があるときに、自分がこれまで達成できたこと、これからどこへ向かおうとしているのかを確認する作業と言えます。これを定期的に繰り返すだけで、自分が達成したことや自分の強みを確認できますし、自分にとっての課題やこれからの目標を再確認して、これからまた頑張ろうというネクストステップにつながります。
 「好奇心」「目標」「リフレクション」が、今の私にとっての充実した生へのヒントですが、皆さんも自分なりのやり方を見つけて、充実した人生・キャリアへ向けて歩んでみてください。迷わず行けよ、行けば分かるさ!