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活薬のひと

 開局薬剤師にとって、「薬学会」は比較的遠く、また敷居の高い存在であったように思います。私も薬学生の時代には薬学会の会員でありましたが、社会へ出て地域の薬局で働き始めると、現場での仕事に追われているうちに毎月送られてくる「ファルマシア」にもだんだんと目を通さなくなり、いつの間にか退会をしていた経験があります。その後、縁があってというよりも、薬学会での発表などの理由から卒業後10年以上もたって再度入会をしました。内心、昔の「遠いのだろうな?」という記憶が頭をよぎったのですが、それはまったくの杞憂で、薬学会の雰囲気は開局者に随分と優しくなっていました。もちろん、調剤やOTC薬の販売といった「現場」での業務に就く者が集まる薬剤師会と比べれば、薬学会は「学問が第一」の団体ですから、今と比べればまだまだ「ひんやり」とした空気が流れてはいました。しかしながら、開局者に対しても門戸を開いていただけているという感覚を持ったものです。今になって考えれば、とても滑稽で、食わず嫌いの子供のように思いますが、当時は薬学会と薬剤師会の両方を眺めて、真面目に「どうしたものか」とハムレットの心境でした。その後、国内外の会合や学会などの場で、多くの薬学者の方々とお話をする機会を得たのですが、とりわけFIP(国際薬学・薬剤師連合)の会議で毎年お目にかかる、いわゆる「薬学者」の方々を通じて、それまで思っていたことが誤解であったことに気づきました。多くの薬学者の方々は「薬学」を専らとされてはいても、薬剤師が働く現場のことなど「無関心なのでは」という、半ば「定説」となっていた考えがまったく間違っていたことでした。誰しも経験のない分野については理解も十分ではありませんし、誤った認識をしてしまいがちです。薬剤師になろうとする者は、薬学の教育を受けなくては合否以前に「国家試験の受験資格」さえ得られません。そして無事に薬剤師として社会に巣立った後には、すべての業務が卒業前に学んだ「薬学」に立脚していることが求められています。日々の業務に追われていると、ついつい自分がどんな学問を学び、何を身に着け、何を支えに業務を行っているのかを忘れがちです。今の薬局業務ではあまり見られなくなりましたが、「散剤を混合する」という一見単純な業務でも、その作業を行う際には様々な薬学の知識や経験無しには、安全で安心な調剤は実現できません。多くの医薬品の製剤化が進んだ今日、「散剤を混ぜるような知識は不要では?」と言われそうですが、決してそうではないと思っています。
 また、基礎化学の専門家が心血を注いで病める人々にとって不可欠な有効成分を発見しても、すぐに治療薬として使用できるわけではありません。それを的確に人の体の中に送り込み、標的部位に到達させ、期待した効果を発揮するよう「製剤」に工夫して初めて「医薬品」としての価値が生まれます。化学の進歩や技術の進歩は急速に進んでいますが、「成分を見つけ出す」、それらを「人体に使えるよう工夫する」、それぞれが適切に協力・協調してこそ、人々にとって宝物といえる「医薬品」が誕生するわけです。一方、薬剤師は「薬学」を学んでいた時のように、直截的に「薬学」を感じてはいません。しかしながら、日々取り扱う「医薬品」には、「薬学の知識や技術」が満載されています。先進国・発展途上国を含めて、世界中のどこの国を見ても医薬品の管理・取扱いの責任を「薬剤師以外に認めている国」は皆無と言っても過言ではありません。それは、医薬品の持つ効能効果はもちろんのこと、その医薬品の持つ「良い面・悪い面」のどちらも熟知していて、その使用に際してはその「可否」を的確に判断ができる唯一の専門職だからではないでしょうか。医師は医療全般の責任を担いますが、ひとたび薬物治療を進めるとなると、その時の相談相手はいつも医師の傍らにいて、患者さんにも馴染みの深い看護師ではありません。医薬品の特性を熟知した「薬剤師」以外には考えられません。「サイエンス」の進歩の結果、かつては不治の病と考えられていた疾病に対する効果的な医薬品が開発され、医療現場で使われています。しかし、その一方でこうした新しい医薬品は、これまで以上に取り扱いが難しく、使用にあたっては慎重さが求められます。つまり、誰でもが簡単に「医薬品の恩恵」を享受できるようになった半面、使い方を誤ると重大な被害を患者さんに与えることにもなり、一層の専門性や知識が不可欠な時代になってきました。このような医療環境、薬物治療に関わる環境の変化は、医療の現場にも大きな影響を与えています。これまで医師中心で進められてきた「医療提供体制」も、医師ばかりではなく歯科医師・薬剤師・看護師をはじめ医療にかかわる様々な専門職種が連携し、協働して患者の治療にあたる「チーム医療」が不可欠なことと認識されています。こうした医療チームの中で薬剤師が果たす役割は明確で、薬物治療を安全にかつ効果的に進め、患者さんが安心して治療に専念できるような環境をつくることにあります。入院中の患者さんはもちろんのこと、在宅で療養する患者さんに対しても的確に薬物治療が提供されるよう、地域における「チームの構築」も必要です。超高齢社会を目前にした我が国では、医療提供体制はもとより介護サービスも視野に入れた、包括的な「地域への医療提供体制」の充実が求められており、医薬品の供給をつかさどる「薬剤師」に対する社会からの期待は大変大きいものがあります。
 高齢化のピークを迎える2025年に向け、国は長期的な展望に立った施策を講じようとしています。その中にあって「薬剤師」が期待された役割を的確に果たす上で、「薬学」の支援は欠くことができません。6年制薬剤師養成教育もこうした社会的背景のもと、薬剤師が適切な業務を行うためにはぜひとも必要な制度と思っています。6年間の間に学ぶべきことは基礎的な化学から最先端の臨床まで「薬学を学ぶ」という、一貫した教育制度の中で「学び体験」することが重要ではないでしょうか。薬剤師が薬剤師として医療現場で活躍するためには、また現場で期待される役割を担える薬剤師の養成には、これからますます「薬学の支え」が欠くことのできないことと考えています。