トップページ > 活薬のひと

活薬のひと

 プロセス化学の現場担当者が講演者の半分以上を占める特長あるシンポジウムとその主催学会を紹介する。

 「薬学の有機化学は、医薬品の源となる新規骨格を見つけ出すことが主目的である。新しい反応や触媒の開発もその目的を達成するためにある。」製法特許から物質特許優先に知財の世界が切り替わった時代を経験した私の認識であった。生物活性のある新規骨格分子、反応試薬、触媒などが大学の研究室の主たるテーマであるのにはそうした背景がある、否、あった。たまに企業を訪問しても研究所が殆どであり、大学の研究室と同じような設備(はるかにズーッツと高レベルに整備されていたが)や雰囲気で同様な実験をしているものと思っていた。そんな浅はかな理解の私の眼前に医薬品原薬の合成化学が出現したのはほんの十数年程前のことであった。
 主立った医薬品メーカーの原薬製造を担当する現場責任者の方々が十数人集まって開いている勉強会に参加する機会を当時名市大の塩入孝之先生から頂いた。さる商社のこじんまりとした会議室を会場としたプロセス化学研究会と称する不思議な名称の会であった。僅かな時間ではあったが、化学反応そのものの話というよりも後処理の水の捨て方、或は、水なしの後処理の話題が沸騰し医薬品合成化学の現場を垣間見る思いであった。折角頂いた未知との遭遇であり、合成化学の先生方や大学院生も衝撃を受けるだろうと京都大学や名古屋市立大学の講堂で研究会を開催したところ参加者は大きな会場に満ち溢れた。想定外であったのはプロセス化学の現場で働く若手研究者の参加数が圧倒的であったことである。質疑応答も予定時間を遥かに超える熱心さであった。
 予算獲得や昇進のための学会活動とは無縁な企業のプロセス化学の現場で純粋に格闘する方々を主体として、相互の親睦と技術の切磋琢磨、成功事例のみならず失敗事例をも共有し、学術的かつ学際的立場からプロセス化学の水準の飛躍的向上を目的として「日本プロセス化学会」が2001年に創設された。

 プロセス化学を平易に例えれば全合成であり「ミリグラムからトンへ」のスケールアップに伴う諸々の課題を科学的に解決する化学である。“原薬”を安定的に工業生産する力を持つプロセス化学と創造を専らとする創薬化学の二つの化学が両輪となって初めて医薬品開発が可能になる。創薬化学を生みの親とするなら、プロセス化学は医薬品という子供を立派に世に送り出す“育ての親”である。少し難しく言うと、工業化に伴うさまざまな課題を見つけだしそして解決するサイエンスである。優れた品質と経済性の追求、製造プロセスにおける省資源・環境保全・安全確保、最適設備の選択、最先端技術の創出と適用、法・規制の遵守等、産学連携、ケミスト及びエンジニアの学際的協力が不可欠な領域とも言える。こうした諸課題を見つけ出しその解決策の共有を目指して夏と冬に2回のシンポジウムを開催している。医薬化学部会主催の「メディシナルケミストリーシンポジウム」のプロセス化学版と思えば理解が容易だ。講演者の半数以上が企業のプロセスケミストであること、ポスター討論と合わせた企業展示の数の圧倒的な多さが特徴である。

 医薬品原薬のプロセス化学に特化した学会は本会だけであり、それぞれの事業所で勉強するにとどまっていたプロセスケミストの情報共有と科学する場を提供できるようになった。また、医薬品のプロセス化学を専門とする講座が大学に無いので、企業現場のプロセスケミストが「医薬品のプロセス化学」を教科書として携えて「出前講義」に出向き学生院生そして先生方へのプロセス化学の啓蒙を行っている。嘗ては会場の看板に「プロレス化学」と書かれたのが笑い話となる程にプロセス化学が認知されるようになってきた、と信じる。年2回開催の夏と冬のシンポジウム、千人が参加頂ける国際シンポジウム、日印化学会議、50人程が泊まりがけで討論するラウンジ、東京関西以外での地区フォーラムの開催、出版等の企業のプロセスケミストの額に汗した活躍の成果であり、企業のプロセス現場志望の院生も大分増えたと聞く。
 サイエンスの成果を消費するだけの分野では世の中の進歩に貢献しないから、サイエンスを創りだすプロセスケミストであって欲しい。サイエンスの発信、創薬化学の加速への貢献、産学連携の実、等々目標は遠大であり、合成化学や物つくりが好きで好きでたまらないプロセスケミストとの交遊は未だ未だこれからの発展が楽しみである。