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活薬のひと

 2001年4月、タイのパタヤに発起人の呼びかけで、アジア各国の薬学教員有志100余名が参集しました。日本からは、京都大学、岐阜薬科大学、名城大学、神戸学院大学、共立薬科大学(現慶應義塾大学)から、計7名が参加しました。そこで、アジアの薬学教育の発展と向上のために互いに協力し合っていこうと、Asian Association of Schools of Pharmacy(以下、AASP)を創設する運びとなり、会長・役員の選出、主な行事等が決められました。アジアの動きに疎かった私も、理事の一人に選ばれ、現在は2009年に新設されたExecutive Director(専務理事)に就いています。
 AASPの使命は、1)アジアにおいて薬学教育の質および医療の向上のため研究のリーダーシップを担うこと、2)コアカリキュラムと学科の基準を会員薬科大学・薬学部間でハーモナイズすることの二つです。

 現在、AASPの組織は、2年ごとに理事会(定員20名)で選出される会長(現在、インド)と、前会長(フィリピン)、次期会長(オーストラリア)、総務担当理事(台湾)、財務担当理事(シンガポール)、それに専務理事の私が入った6名でExecutive Committee が構成されています。また、名誉顧問として、現在も貢献されている歴代会長が数名、名を連ねています。理事会(Board of Directors; BOD)は年に最低2回、顔を合わせて開催されますが、それ以外の意見交換はメールとスカイプ等で頻繁に行われています。
 AASPの主な目的は、アジアの薬学教育に関する意見交換の場を提供し、会員校間の共同研究と交流を促進させることです。それを具体化させた活動が以下の二つです。一つは、2004年より原則として隔年開催しているカンファレンスで、教育、実務、研究の3分野から構成されています。直近の第6回カンファレンスは2013年11月にシンガポールで開催されました。学生の参加も歓迎しており、全参加者数は285名でした。第7回は2015年に台湾で開催される予定です。
 もう一つの活動は薬学部長フォーラムです。これも隔年開催で、カンファレンスとは交互に開催されています。薬学部長フォーラムは、主に、薬学部長や教員が現在直面している薬学教育共通の問題に焦点を当て、議論し、情報交換します。国の数が多いだけに思いもよらぬアイディアやモデルが紹介され、刺激になります。第1回薬学部長フォーラムはインドネシアのバンドンで、第2回は中国の南京で2012年に開催され、今回(2014年)日本で開催されるフォーラムが第3回です。

 第3回AASP 薬学部長フォーラムは、2014年6月28‐29日、慶応義塾大学薬学部(東京都港区、芝共立キャンパス)で開催されます(http://www.yaku-kyou.org/aasp-deans-forum2014/)。今回のテーマは「アジアの地域ごとの薬学教育のハーモナイゼーション」です。東南アジア諸国連合(以下、ASEAN)に加盟している10か国(タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、シンガポール、ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジア)では、数年前よりあらゆる分野でのハーモナイゼーションが検討されてきています。医療系に限って言えば、薬学分野ばかりでなく、医学分野、看護分野でもハーモナイゼーションに向けて動いているようです。第3回薬学部長フォーラムでは、ASEAN地域はもちろんのこと、それ以外のアジアの地域においても、薬学教育がどのようにハーモナイゼーションに向けて展開してきているかを取り上げます。
 ASEAN地域における薬学教育、薬剤師資格、薬事規制等を含む薬学領域のハーモナイゼーションは、2015年を目指して動いていると聞いています。私も含め多くの方は、これらの情報をあまり持ち合わせていないのではないでしょうか。例えば、将来、マレーシアの、あるいはシンガポールの薬剤師資格がタイでそのまま通用するようになるのでしょうか。 各国の国家試験はどうなるのでしょうか。 さまざまな疑問が生じてきます。そこで、今回の薬学部長フォーラムでは、最初にASEAN 10か国を代表して1名の演者に、ASEAN加盟国の薬学領域全般のハーモナイゼーションについて概要を話していただきます。その後、ASEAN 10か国中5か国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)からの演者に、薬学教育のハーモナイゼーションに向けた自国の動きを発表していただく予定です。ASEAN以外の地域の薬学教育の現状も、該当する国の演者に話していただきます。東アジア地域からは中国、韓国、台湾、南アジア地域からはインドが代表して、オーストラレーシア(Australasia)地域からはオーストラリアの代表が、ニュージーランドも含めて、薬学教育の現況を発表します。
 日本の薬学教育の発表は、開催国でもあり、参加者から期待されることでしょう。この日本の発表は、アジアに向けて情報を提供するばかりでなく、日本の薬学関係者への報告でもあります。演題は「日本における新しい薬学教育の概要と評価」、「薬学教育モデル・コアカリキュラムの改訂について」、「薬学共用試験の仕組み」、「日本における薬学教育の評価と認証」および「創薬研究者養成教育」の5題です。
 フォーラムに参加する大学は、原則として、自校薬学部の活動や特徴あるカリキュラム等をポスターにして展示し、参加者と情報交換していただく予定です。共同研究の相手を探したり、教員・学生の交流を打診することもできるでしょう。

 AASPにかかわるまで、私は日本の薬学教育はアジアの中でも抜きんでているであろうと勘違いしていました。薬科学の分野では、日本の薬学部はかなりハイレベルの研究をしてきました。それは、最先端の技術(測定機器)を使えたからだと思います。一方、臨床薬学教育については、タイがアジアの中で進んでいると言えましょう。私は縁あって、共立薬科大学を定年退職してからの3年余をタイの国立大学のひとつ、コンケン大学に勤務して過ごしました。そこでの経験から、ぜひ紹介したい臨床薬学教育があります。タイの薬物治療認定薬剤師「Board Certification in Pharmacotherapeutics」(以下、BCP)の養成コースです。もちろん、タイにも「博士(薬学)」という研究に基づく学位はあります。それに対比する臨床薬学領域の最高の称号が「BCP」です。これを取得しますと、「博士(薬学)」と同等に扱われます。この「BCP」コースのある大学は、現在タイ全国で6校、いずれも4年間のコースです。コースの受験資格は、6年制の薬学部を卒業し、薬剤師の国家資格取得後、最低1年間の病院での臨床(病棟)経験があることです。さらに選抜試験は、筆記試験、面接試験があり、面接員には医学部の教員も含まれます。また外国人教員との英語での面接もあり、私もその任に就いたことがあります。勤務していたコンケン大学では、毎年、数名が入学します。コース概要ですが、最初の1年間は講義・演習のほか、レジデントとして内科を中心にいくつかの診療科を回り薬物治療を学びます。2年目は自分が興味を持っている分野(内科、腫瘍科、循環器科等)を選択し、レジデントを続けます。ここで面白いのは、一つの大学で、全コースをすべて指導できなくてもいいのです。実際は、指導しきれないのが現状です。そこで、例えばコンケン大学ですと腫瘍科の薬物治療専門家がおりますので、他大学から学生を預かり、数か月、自校の学生と一緒に教育します。一方、コンケン大学薬学部には「BCP」をもつ循環器専門薬剤師がいないので、専門家のいる他大学に学生を数か月間預けます。要するに、大学同士が教員と臨床現場(病院)を貸し借りできるのです。コース3年目はレジデントを継続しながら、臨床研究テーマを持ち、研究をしていきます。4年目は研究をまとめたり、「BCP」資格取得の最終試験に取り組みます。真面目に勉強をし、臨床をやっているのに、合格できる人はわずかです。年2回ある試験に、2、3回目でやっと合格するというのが普通のようです。そのように厳しい審査を経て合格した者が「BCP」を取得できるのです。臨床教員のリーダーになるためには、絶対に必要な資格です。2014年現在、タイ全国で20名の「BCP」が活躍しています。

 最近、国際化というキーワードをよく耳にしますが、日本にとって身近なアジア各国にぜひ、目を向けてみてください。これまでお話してきたように、アジアの薬学教育は、今、まさに躍動感にあふれています。皆さんもアジアの薬学関係者として、AASP の会員(個人会員と大学会員があります)になり、アジアの会員と情報交換をしてみませんか。AASPの最新情報は、website(http://www.aaspnet.org/)から得られます。