薬学と私

第66回学術研究から国際的な感染症対策に貢献する

長崎大学熱帯医学研究所 助教
黒崎 陽平先生

私のしごと

 私は今、長崎大学熱帯医学研究所(熱研)でウイルスの研究をしています。ウイルスも多様で、人に感染するもの、しないもの、感染しても病気を起こすもの、起こさないものなど様々です。その中でも私が研究対象としているのは、人に重篤な症状を起こし、時に死に至らしめるエボラウイルスやラッサウイルスなどのいわゆる「出血熱ウイルス」と呼ばれるウイルスです。

西アフリカでのエボラの流行

 2014年から2016年にかけて、西アフリカでエボラウイルスの大流行が起こりました。西アフリカで初めての発生だったこともあり、2万8千以上が感染し、1万人以上が犠牲となりました。エボラウイルスは元々1976年にアフリカ、コンゴ民主共和国で発見され、以降アフリカ赤道地域で度々感染例が報告されていました。過去の流行では多くて数百名の感染例であったことを考えると、西アフリカの流行がいかに大きなものであったかが分かります。エボラウイルスは感染力が高く、発症すると50-90%の割合で死に至ります。有効な治療法もワクチンもないため、一度流行すると公衆衛生上の問題だけでなく、その地域全体に大きな不安と混乱を与えます。他のウイルスにないエボラウイルスの特異な点です。流行の中心となったギニア、シエラレオネ、リベリアではウイルスが拡散するのを防ぐため、人と物の流れが制限され、経済的にも甚大な被害を受けました。

 エボラウイルスは感染者の血液や体液を介して人から人へ伝播します。一度起こった流行を終息させるには、感染者の見つけだしと適切な隔離が重要です。エボラウイルスの感染例はアフリカの中でもアクセスが難しい奥地で発生します。そのような地域では近代的な医療サービスやウイルスの検査体制はありません。WHOや途上国への医療支援を行う国際NGO、更に先進国のサポートなしに終息を成し得ないのが実情です。

現地で得た経験

 私が今行っている研究の1つが出血熱ウイルスの新しい検出法の開発です。ウイルスの検出法は、感染者を感度良く見つけだすために不可欠な方法です。エボラウイルの遺伝子検出法を既に開発していましたが、西アフリカの流行に際しこれを改良し、医療技術メーカーと共同で軽量小型装置によるウイルス検査法としてキット化しました。この検査法は、日本の緊急支援物資とともにギニアに提供され、実際にエボラ監視キャンペーンにおいて検査法の1つとして活用されました。基礎研究での研究成果は学術論文です。しかし今回、関わった研究成果が現地の感染症対策に貢献できたこと、また現地でエボラ対応にあたるラボワーカーにも喜んでもらえたことを目にできたことは、論文を出すのとは全く違った嬉しい経験でした。

 また、国際協力機構JICAの短期派遣専門家としてギニアに赴き、ウイルス検査法の技術指導を行いました。その際、現地のエボラ治療施設やウイルス検査ラボの状況(物資、人材も含めて)をこの目で見る機会を得ました。一度でも現場を知ると、日本にいながら容易に現地の様子を想像できるようになります。熱研にいると、感染症の現場に足を運べ、とよく言われます。その言葉の大切さを改めて実感することになりました。

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薬学からウイルス学へ

 高校生の頃はボート部に所属していました。高校からほど近い信濃川が練習場でしたが、朝は波も穏やかなので、夏の時期には学校前に朝練をすることがありました。高3の時です。コンゴ(当時ザイール)でエボラウイルスの流行があり、日本でも連日ワイドショーを賑わしていて、朝練後に部室のテレビでそのニュースをよく見ていました。目に見えないほど小さいウイルスが人に強烈な影響を与える、ウイルスって何かヤバい、でも面白そう、と思ったのを今でも覚えています。薬学部へは、生命科学への興味と資格が取れるという理由から進学を希望しました。母校である北海道大学薬学部に進んでからもウイルス=面白そう、という漠然としたイメージだけは頭の片隅に残っていました。

 そんな中、大学4年の時に配属した生物物理化学研究室(加茂直樹教授)で「UVCによる血液製剤からのウイルスの不活化」という卒論テーマにあたりました。このテーマは北海道赤十字血液センターとの共同研究で行っていた研究だったため、大学の研究室ではなく血液センターで研究することになりました。今に至る1つ目の転機だったと思います。

 血液センターでは職員の諸先輩方からの実験の手ほどきを受け、修士までの3年間で研究に限らず多くのことを教えていただきました。当初、卒業後は製薬企業への就職を希望していましたが、先輩方の話を聞くうちに、次第に大学でウイルスを一から勉強したいと思うようになりました。そして博士課程に進み、北海道大学遺伝子病制御研究所(遺制研)のレトロウイルスを専門とする研究室に入りました。

 2つ目の転機は、遺制研当時、同じ研究室で准教授をされていた安田二朗先生(現、長崎大学熱研教授)が警察庁科学警察研究所に異動され、研究員として拾っていただいたことです。当時薬剤師をしていましたが、再び研究に戻れることと研究室の命題に興味をそそられたことから、声をかけていただいた時は迷いなく決めました。科警研では高病原性のウイルスおよび細菌の検知システムの開発に携わりました。その後、安田先生が現在の所属である熱研に新たなウイルス学の研究室(新興感染症学分野)を立ち上げるのに伴い、再び研究スタッフとして招いていただき、現在に至っています。

これから目指すもの

 エボラの流行を経験したギニアは最貧国に位置し、元々医療体制が脆弱です。マラリアや黄熱など熱帯地域特有の感染症が発生していることは認識されていますが、他にどのような感染症が起こっているかはよく理解されていません。感染症対策を考える上でも、まず発生状況を把握することが礎になります。そこで現在は、ギニアで潜在的に発生しているウイルス感染症を明らかにする研究も行っています。普段の感染症状況を把握しておくことで、不測の事態、つまり将来起こり得る次のアウトブレイクにも迅速に対応し、被害を最小化できると考えています。研究成果を単に研究室での成果に終わらせることなく、出血熱ウイルスの流行国にフィードバックし、現地の感染症対策に少しでも役立てることを目指しています。

最後に

 今ウイルスの研究をしており、薬学を意識することはありません。しかし、普段の実験では無意識のうちに薬学で学んだ幅広い生命科学の知識を駆使していることにふと気づくときがあります(ただそんな時は、大抵学部の勉強をもっとしっかりやっておけばよかったと思わされるのですが...)。薬学を足掛かりに、自分でも思いもしなかった分野とめぐり合うチャンスは大いにあります。これから薬学を目指す方、薬学を勉強し、今進路を考えている方にとって、この文章が選択を少しでも増やす助けになれば嬉しいです。