トップページ > 薬学と私 > (公社)東京都薬剤師会 副会長・桜台薬局 永田泰造「薬局実務実習の構築に関わって思うこと」

薬学と私 第59回

 ちょっとした危険を回避した時、お呪いとして「くわばら、くわばら」と無意識に言うことがありませんか。このお呪い、雷除けで使われるのだそうですが、今では忘却された少し時代遅れの話かもしれません。人生を振り返るとき、その人生が変わるほどの影響を受けた人物や物事との出会いを、後から「運命の出会い」と回顧するような事象に出来わすことがありますよね。私にとっては、当時開催されていた薬学教育者ワークショップ(WS)との出会いが、正にその言葉の意味するところにあたります。当時は、薬学教育が薬剤師養成教育へと変貌していく時期で、旧カリキュラムの学生を対象として2~4週間の薬局実務実習の試行が始まった時期でした。その一連の流れで進められていた教育改革の一環として、実務現場にいる薬剤師のWSへの参加が日本薬剤師会に要請されました。今となっては、参加者としてそのWSを体験したことがきっかけとなり、良き薬剤師を育てようと尽力されている教員の皆さんとの連携を構築し、担当者として今の活動ができていると考えています。当時あまり見かけなかったSGD形式の講習会も、今では当たり前のように開催されています。その原点は「教育改革」WSに参加した多くの薬剤師が、WSの方略を取り入れた学習方法の良さに気が付いたからでしょう。これも、一連の教育の賜物ですね。

 薬学教育改革の一環として始まったWSですが、このWSに実務薬剤師が参加した事で今後の方向性に新風をもたらしたらしく、認定実務実習指導薬剤師の養成要件となるWSへと、その役割が大きく変化することになりました。実務実習は、薬学を学ぶ学生が、大学から離れた臨床の現場で薬剤師業務を実践しますので、当然、薬剤師法第19条から始まる法律について、適切な対応も求められていました。この問題を解決するため、厚生労働省は①薬学を学ぶ者、②共用試験に合格した者、③適切な指導者がいることの三要件を根拠として提示し、円滑な参加型実務実習が行えるよう具体的な要件を通知してきました。③に関しては、当時、WSが現場経験のない教員を中心として開催されていたので、実務者が指導者となるための教育に組織を超えて対応することが困難な状態でした。こんな中で、WSが参加型実務実習の指導者としての認定要件の一つとなったわけです。

 教育とは「教育ではなく共育なのだ」と、教育現場に携わる方々から言われることがあります。実務の場では、患者さん・顧客、医療従事者と接した経験による成長が「実務における共育」と言えるでしょう。つまり、様々な業務に取り組んでいく中で一定の問題解決能力が醸成されていき、地域住民からの信頼を得るようになります。人それぞれですが、ベテランとしての信頼感を得るまでの成長過程では、指導内容などに関する患者さんや顧客からの評価や指摘、他の医療従事者からの助言による改善など、自身の気付きが重要です。更に、実務経験を重ねていくと指導者としての役割も求められるようになります。例えば同僚から、能力向上のための具体的な目標の提示を迫られることや、具体的な学習の場の提案や実践方法への意見提示もあるでしょう。時には、学習状況の不足から苦言評価をする役割も要求されるでしょう。その苦労は、先輩薬剤師としての役割を果たした評価であり、その指導能力も高く評価されることになります。何より、その恩恵は来局者に届くことにもなります。
 これって、WSで学ぶ教育手法そのものではないでしょうか。WSの手法を応用すれば、患者さんや顧客に対する服薬指導計画の立案にも活用できると思いませんか。薬局や在宅において、服薬指導計画を策定するための考え方の整理にも役立つと思います。薬学教育のためのWSと思われがちですが、手法の理解度を深められれば、日常業務にも応用できるということです。

 平成22年度から始まった実務実習も、平成31年度からは更に参加型の実習になります。大きな変化は、知識・技能・態度と分類した個別の行動目標ではなく、OBEの考え方に基づいた具体的な能力としての到達目標が示されたことです。この結果、実習生の能力を引き出すための場面を考え、その場面でどのような総合的な能力が出ているかを確認する実習評価へと変貌したわけですが、この状況でこそ、指導薬剤師は業務の流れの中にある様々な場面を活用し、薬局実務そのものを実習生が実践する効果的な実習に取り組めると思います。現行のコアカリの場合、先ずは調剤の流れの見学そして処方薬の少ない処方箋を用いた医薬品の調製と、患者さんとの接点が少ない実習から始める施設が多いと思いますが、実務実習の最大の目的は、多くの患者さんや顧客と接することであり、それにより問題解決能力を醸成することです。要は、大学内で経験できないことを行うのが実務実習なのです。もちろん、医薬品の調製を通して、医薬品そのものの特性を理解することは重要ですが、短い実習期間と社会的資源の活用を考えると、医療安全を考え、患者さんの状況を常に意識して、医薬品の調製を行うという観点の方がより重要と考えます。ならば、この機会に実習の進め方を見直して、実習生が処方箋受付業務を通して患者さんや顧客の状況を観察し、問題点を見つけ出すことから始めませんか。そして、患者の状況や過去の記録を意識した医薬品の調製と監査を実践し、その薬剤の服薬指導まで、一連の流れとして実習生が実践するのはいかがですか。常に薬歴簿を参照し、情報共有するための記録の在り方を学ぶことも重要です。もちろん、どの段階まで進められるかは実習生次第であり、常に修得状況を加味した段階的な学習の場面設定することを忘れてはいけません。このように考えてみると、新人薬剤師の時代に受けた、勤務当初から3ヶ月間での研修内容と同じですね。

 薬局に勤務する薬剤師は、患者さんに対して自分の持つ能力を遺憾なく発揮しています。そのために、研鑽を繰り返し多くの経験を積んできたと信じています。患者のための薬局ビジョンが示され、かかりつけ薬剤師・薬局が持つべき機能、健康サポ-ト機能や高度薬学管理機能を通した、「門前」から「かかりつけ」、そして「地域」へと、薬局が進むべき道が明確に示されました。ニーズは、平成26年に示された「薬局・薬剤師の地域住民による主体的な健康の維持・増進の支援(健康サポート)を推進するため」です。では、我々薬剤師は何をすればよいのでしょう。言うまでもなく、個々の薬剤師・薬局が今までに学んだ経験を生かして、薬局ビジョンに基づいた機能を発揮する体制を確立することです。これが実現すると、実務実習での場面を容易に設定出来ることに繋がります。さらにロールモデルとなる指導薬剤師の姿を、薬学生に現場で見せることができます。
 もやっとした状況を抜け出して一定の理解が得られたとき「目から鱗が落ちる」と言います。自身のWS体験が正にそれでした。薬局実務実習を受けた薬学生の「薬局薬剤師は面白い」という目から鱗が落ちた体験を聞ける実習にしたいと心から思っています。

 医薬分業創設期に薬局を開設して早30余年、当初はかなり暇でしたから処方箋など持たず、我が薬局にコーヒー(当然インスタント)を飲みに来る人、バスが来るまでの暇つぶしで長い時間雑談する人もいました。後に知ったことですが、その人達が「あの薬局なら何とかしてくれるよ」という口コミ評価をしてくれたようで、いつの間にか様々な医療機関の処方箋を応需できるようになることができました。もちろん、在庫医薬品数も増え、期限切れ廃棄薬の金額も正比例しています。でも、利用者への対応として考えれば、「痛いけど、それでいいではないか」とつい思うことは経営者として失格かもしれませんね。そうであっても、薬局の持つべき機能が問われている今、自身を振り返ると、改めて「地域住民の方々に支えられる薬剤師・薬局への道」の重要性を感じて進んできたし、そしてこれからも進んでいこうと思っています。