トップページ > 薬学と私 > 国境なき医師団 薬剤師 神田紀子先生「国境なき医師団の薬剤師」

薬学と私 第57回

 国境なき医師団(Médecins Sans Frontières, 以下MSF)は、緊急医療援助と、現場で目撃した人道危機に対する証言活動を目的として1971年に設立された非政府組織(NGO)です。現在は世界28ヵ国に事務局を置き、約70の国と地域で活動しています。2016年には日本事務局から107人が34ヵ国に派遣され、そのうち8人(のべ13回) が薬剤師でした。私は2008年より薬剤師として活動に参加し、現在13回目の派遣先であるコンゴ民主共和国にいます。
 我々のチームはコンゴ北東部、南スーダンとウガンダ国境に程近い3つの地域において、2つの基幹病院と12の保健センターで活動しています。カバー範囲は、新生児医療・小児医療・救急医療・性暴力被害治療です。私は「ミッション・ファーマシー・マネジャー」としてプロジェクト全体の医薬品及び医療資材の調達と適正使用の管理を任されています。日本の病院や調剤薬局とはかけ離れた医療環境で、薬剤師の働きは質の高い医療を提供するために大きな力となっている(はず)です。MSFの薬剤師は何をするのか?以下にMSF薬剤師が関与する業務をご紹介したいと思います。

1)取扱うもの

 MSFの活動で使用する医薬品は、基本的に世界保健機関(WHO)のEssential Drug List(必須医薬品リスト)に準じており、費用を抑えるためジェネリック医薬品を調達しています。医薬品の他に医療資材や医療機器も扱っていて、外科系のプロジェクトでは手術器具やバイタルモニター、X線カメラなどもあります。また通常の活動で使用する医薬品の他に、EPREP(緊急援助用キット)も保管しています。EPREPは緊急事態が起きた時にすぐ対応できるように必要な資材をまとめたキットで、WHOのIEHK(Interagency Emergency Health Kit)に準じた基本医薬品キット、マス・カジュアルティ・プラン(多数負傷者の受け入れ対策)、コレラ治療、集団予防接種キャンペーンなど目的別にまとめられています。

2)品質の確保

 MSFはヨーロッパに大規模な資材保管拠点をもっており、MSFまたはWHOの認証を受けた確実な取引先からジェネリック医薬品を一括調達します。例外を除き、現地で直接医薬品を調達することはありません。保管状況が適切かどうか、品質管理が確実か(偽薬がないかどうか)保証できないからです。また、MSFが医薬品を大量に購入することで、もともと不足気味の医薬品市場をさらに不安定にする恐れがあります。現地の医薬品もほぼ輸入品なので、MSFの保管拠点から輸入してもコストや時間はあまり変わらないのです。

3)配送期間

 ヨーロッパから現地まで、資材は航空便または船便で届けられます。発注から到着まで最低1ヵ月、内陸国への船便では6ヵ月程かかることもあります。在庫切れは文字通り命取りになりかねないため、必要な薬を必要なタイミングで確保することは薬剤師の大きな役割です。

4)発注

 現在活動中のコンゴでは6ヵ月ごとに発注します。到着まで約5ヵ月を見込んでいるので、5ヵ月~11ヵ月後の使用量を予測しなければいけません。プロジェクトの進行状況(患者数見込み、新たなプロジェクトや停止するプロジェクトの見込みなど)に加え、マラリアやコレラ発生の時期などを考慮します。なるべくコストの安い船便が望ましいですが、使用期限の短い医薬品や、ワクチンなど冷所保存の必要な医薬品、麻薬・向精神薬などは航空便を利用します。在庫切れによる臨時発注の場合も航空便ですが、コスト削減のためできるだけ臨時発注は避けなければいけません。発注忘れはないか、予測は適切に計算できているか……薬剤師が一番苦心を重ねる業務です。

5)国内での輸送

 ヨーロッパから送られた医薬品は6ヵ月毎に、まずは首都に届きます。そこから各活動地域の薬局倉庫へ、そして病院や保健センターへと送られていきます。国内の輸送にあたっては、トラックで大量に運べる場合もありますが、道が整備されていない場所では四輪駆動車や飛行機で少しずつしか運べない場合もあります。在庫切れが起きないよう、かつ臨時の輸送を増やさないように、薬剤師は医薬品の使用量を追跡し、データに基づいて適切な発注をすることが求められます。

 薬剤師は調達だけでなく、医療資材と医薬品の管理も任されます。すべての活動に共通して、医薬品はWHOの分類に準じて経口薬、注射薬などに分類し、一般名のアルファベット順に並べます。実際に医薬品を準備するのは必ずしも医療従事者だけではないので、誰にとってもわかりやすく管理するためです。
 またロジスティック・チームと連携して倉庫の保管環境を監視することも重要です。温度管理、鼠・虫害対策、使用期限が切れるものから先に出していくFEFO(First-Expired First-Out)、薬局倉庫から各プロジェクトへの配送状況の確認など、基本的な薬局の環境を整えるのに大変な労力が求められます。40度を超える外気温の中、屋根の上にシェードを張ったり、発電機でエアコンを稼働させたり、ロジスティック・チームのおかげで医薬品を適切に保管することができるのです。

 薬剤師はまた、医療が適切に提供されているかどうかを医薬品の使用量から分析することも求められます。患者数が変化すれば使用量が変化するのは当然ですが、使用量と治療患者数が相関していなければ定められた治療プロトコル通りに薬が処方されていない可能性があります。処方量の計算ミス、投薬漏れ、治療プロトコル外の医薬品の使用、薬の不正な流出も考えられます。使用量の異常を検知し、原因を分析して医療チームにフィードバックすることが良い医療につながるのです。
 現地では限られた資源の中で医療を提供しています。使用量が多すぎれば在庫切れを招き、少なすぎれば過剰在庫、ひいては期限切れの薬の山になってしまいます。活動費のうち医薬品のコストは40%程度にもなるため、在庫切れによる臨時発注の配送コストや廃棄医薬品の量を減らすことは活動費用の削減に直結します。

 途上国では、医薬品の廃棄も大きな課題の一つです。有害物質を出さない高温焼却炉が利用できれば一番良いのですが、そのような施設がない場合次のような方法で廃棄します。
 Encapsulation/inertization(不活性化):錠剤やカプセルを粉砕し、ドラム缶などの堅牢な容器にセメントと一緒に詰め、土中に埋める
 Dilution /dissolving(希釈):液状の医薬品を水で希釈して廃棄する
 安全に処理できるよう、毒性の高い医薬品を分別する時などには薬剤師が介入して廃棄を進めます。

 MSFでは、以前は看護師や医師が医薬品の管理をする場合が多かったのですが、次第に専任の薬剤師ポジションが増えてきたように感じます。日本人薬剤師の派遣数も徐々に増えています。無駄なコストを削減しつつ、より質の高い医療を提供するのに、薬剤師の仕事が役立っていると言えるでしょう。