トップページ > 薬学と私 > 日本薬学会広報委員長 日本医療研究開発機構創薬支援戦略部 東日本統括部長 髙子 徹 「創薬研究者からアカデミア発創薬を支援する立場に」

薬学と私 第51回

 私が大学に入学した時にはまだ自分の将来が描けず、希望する学部も明確ではなかったため漫然と理系を選択、教養過程から専門過程に進学する段階で専門を決めれば良いくらいに考えていました。当然薬学部の存在すら認識していませんでした。進学振り分け時に初めて薬学部を進学先として意識し、幸いにも薬学部に進学することができました。 薬学部3年生では講義と実習に追われる毎日でしたが、講義は生化学、薬理学、有機化学など多岐にわたり、その中でも特に生物系に興味を持ち、4年生での研究室配属では野島庄七先生の研究室に希望通り配属されました。当時シンガーとニコルソンによって提唱された生体膜の流動モザイクモデルに魅力を感じ、生体膜構成成分であるリン脂質を研究対象としている野島研究室への配属を強く希望しました。4年生では卵黄からレシチンを精製単離、またウシ心臓からカルジオリピンを精製単離するなど、リン脂質の取り扱い、純度チェックなど実験のいろはを学びました。学部から大学院を通じ、実験計画の立て方、実験結果の解釈、結果の報告の仕方、学術論文の読み方と紹介の仕方など、研究に必須なことを野島庄七先生と井上圭三先生に叩き込まれました。このように実験科学のいろはについて徹底的に指導を受けたことは、私の創薬研究活動にも活かされたと思います。修士課程ではリポソームと補体タンパク質との相互作用に関する研究を行い、博士課程まで進みましたが、実用的な創薬研究に興味を持つようになり、博士課程1年で中退し、第一製薬に入社しました。

 第一製薬では薬理研究グループに所属し、炎症、アレルギー、自己免疫疾患などの治療薬の探索研究に従事しました。大学院での研究は個人個人にテーマが与えられるため個人プレーの要素が強いように思いますが、会社での創薬研究では、目的とする薬効を持つ化合物群を見つけだし、その中から薬になる可能性の高い化合物を拾い上げ薬に磨き上げていくために、専門性の高い多くの研究者がプロジェクトチームメンバーとして関わります。化合物を評価するための評価系構築、合成チームが合成した新規化合物の評価と次の合成展開への評価結果のフィードバック、いわゆるADMET評価と改善(例えば、物性、毒性など)、体内動態評価とその合成展開による改善。これらは研究というよりは、薬理、合成、物性、薬物動態、毒性など専門性の異なるメンバーが薬を創るという一つの目標に向かっておこなうチーム作業に近いかもしれません。私がリーダーとなったプロジェクトでは、評価した化合物からGLP試験で評価すべき開発候補品を獲得することができました。さらにGLP毒性試験、最終原薬の結晶系確定、初期製剤確定などを経て、第1相臨床試験入りを達成することもできましたが、すでに販売されていた同一標的に対する抗体医薬品で稀ではあるが、重篤な毒性が発現したことから、FDAよりクリニカルホールド(臨床試験中断)を受け、最終的に開発中止となってしまいました。
 探索研究から開発研究、臨床試験までの各ステップで、プロジェクトのリーダーが変わり、関わるメンバーの専門性も変わっていきます。普段探索研究に従事している研究者が生産系の研究者、開発マンなどの異なった役割を担う他部署の多くの方々と同じプロジェクトで仕事をするができるということは、新薬開発を目指す製薬会社でしか経験できない醍醐味ではないかと思います。

 製薬会社で定年を迎えたことをきっかけに、アカデミアの先生方の研究成果を実用化に導くために、これまでの創薬研究での経験が少しでも役に立つのではないかと考え、現在、日本医療研究開発機構(AMED)の創薬支援戦略部に籍を置いています。会社生活では、研究実施者、プロジェクトマネージャー、研究マネージャーなどの多くの職務、役割を経験させていただきました。プロジェクトを中断するか継続するかの判断は、医療ニーズ、市場性、競合品の状況、会社の領域戦略などの状況により大きく左右されます。アカデミア発創薬が製薬企業と同じ視点で意思決定をする必要はないと思いますが、薬を市場に出すためにはプロジェクトのGo/No go を判断する場面も出てきますし、その場合には企業での経験が役立つと考えています。創薬支援戦略部が取り組むべきは、医療ニーズの高い癌などの領域はもちろんですが、希少疾病領域、多剤耐性菌やワクチンなどの感染症領域など国内企業が重点化しにくい、あるいは取り組みにくい領域を視野に入れて活動する必要があります。希少疾病領域では平成27年度の新しい事業として、希少疾病用医薬品指定前実用化支援事業を開始しました。この事業では、希少疾病用医薬品の製造販売承認取得を目指す企業におけるヒト初回投与試験実施前及び以降の開発を推進するため、一定の開発費用を補助します。また、耐性菌克服への取り組みとして、日本化学療法学会が中心となって発足した創薬促進検討委員会に創薬支援戦略部もオブザーバー委員として参加し、抗菌薬開発の環境整備に関わっています。

 私は企業研究者として経歴を積んできたため薬学会との関わりも多くはありませんでした。そんな中で支部よりご推薦をいただき広報担当理事を2期4年間、務めさせていただきました。広報担当理事在任中は、広報委員の先生方のご尽力により薬学会ホームページを刷新し、ホームページもわかりやすくアクセスしやすいものになったのではないかと思います。また、薬学部卒業後の進路をまとめた小冊子「高校生のための薬学への招待」を作成し、これまでに年間3万部の注文があるなど大変好評を得ています。理事退任後、広報委員長として引き続き広報活動を行ってきました。小冊子では物足りないという高校生、薬学部とはどんなところか知ってもらいたい中学生を対象に、詳しい情報を動画として提供したいという広報委員の総意により、DVDの作製に取りかかりました。黒田先生をリーダーとするDVDワーキンググループの先生方の熱い思いにより、DVD「ナガイ博士の薬学への招待」が完成しました。ナガイ博士とドリン君が案内役となって、若い方たちを薬学の世界へ招待します。136年会での市民講演会(3月26日)がお披露目となりますので、是非ご覧いただきたいと思います。