薬学と私|公益社団法人日本薬学会
               
 
トップページ > 薬学と私 > 前立腺がん支援ネットワーク 武内 務 氏 「前立腺がんとその医療情報について」

薬学と私 第26回

 前立腺肥大だろうと思いつつ足を運んだ病院で、PSAに異常高値が見つかり度肝を抜かれたのは2004年の秋、当時56歳の時でした。画像上の転移は見つからなかったものの、相当悪性のがん(グリーソンスコア=9)で、すでに浸潤もあり、セカンドオピニオン先でも「5年生存率2割、手術は無理」と告げられました。ホルモン療法に甘んじたとしても、この先効果は何年続くかわからない。必死で治療法を探した結果辿り着いたのが、当時最先端であったIMRTという放射線療法(ホルモン療法併用)でした。
 同年齢の人に比べれば、すでにホームページを立ち上げるなど、インターネットにはかなり馴染みがあり、検索も決して不慣れではなかったと思うのですが、自分に適した治療法に辿り着くまでには、連日青ざめた顔でパソコン画面とにらめっこ、時には海外のサイトも訪れるなど、膨大なエネルギーを費やすこととなりました。
 当時は、それぞれの医療機関が散発的にがん情報を自サイトにアップしているだけで、信頼のおけるまとまったがん情報サイトはどこにもなく、患者は新しい医療情報からは完全に置き去りにされていました。 泌尿器科医の間にも、放射線療法は効果の割には副作用が強いという古いイメージがまだ強く残っており、私のような病状は転移がんとほぼ同列に扱われ、積極的な治療からは見放されたまま、足元には暗くて大きな穴がぽっかり口を開けていたのです。

 私のような病状でもIMRTという選択枝がある・・・たったこれだけの情報を見つけるのに、なぜこれほどの苦労をしなければいけないのか。前立腺がんと告げられた時、患者が本当に欲しいと思う情報を、すぐに見つけられるサイトを作りたい。しかし、一介の患者にそんな大それたことができるのだろうか。躊躇する日々が続いたのですが、「案ずるより生むが易し」の言葉を信じ、思い切ってやってみるとにしました。米国の関連サイトを参考にしながら、信頼できそうなデータを再編集し、後は日を追う毎に加筆修正を加え、徐々に体裁を整えて行ったわけです。

 専門医が書く患者向けの解説は、とかく自分が得意とする分野のみに力が入りやすいものですし、専門医同士のしがらみもあったりして、できるだけ当たり障りのない解説に終始し、焦点がぼやけてしまっていることも珍しくありません。「がん情報サービス」の前立腺がん解説なども、概要を知るにはこの程度で良いかもしれませんが、内容が簡単すぎて治療法を決めるツールとしてはほとんど役には立ちそうにありませんし、再発、骨転移など、治癒の望めない症状に対してはその情報が極度に不足しており、性機能不全や尿失禁などもその可能性には触れられていても対処法についてはほとんど記述がありません。
 いささか手前みそで恐縮ですが、「がん情報サービス」では数行しか書かれていない「再発・骨転移」に関しても、「前立腺がんガイドブック」では5~6ページに渡る解説をほどこしています。内容の客観性についてもそれなりの自信があったつもりですが、2012年「腺友ネット」http://pros-can.net/ を立上げと同時に行った全面見直しに際しては、専門医(泌尿器科医と放射線治療医)にもご協力をいただき、ほとんどの文章に目を通していただいた上で、正すべきところはさらなる修正を加えました。「前立腺がんガイドブック」は泌尿器科医にも読ませたいとおっしゃる専門医もおられる一方、患者による解説書というだけでうさんくさく思い、見向きもしない医療者もめずらしくありません。治療法は時の流れとともに変遷します。ここ数年、それに応じて地道に「前立腺がんガイドブック」の内容を更新してきましたが、おかげさまでアクセスはじわじわと増え、このたびGOOGLEで「前立腺がん 治療法」と検索してみたところ、「前立腺がんガイドブック」と、私が患者さんの相談にも乗っている「掲示板」が、揃ってトップページ出てきたのには驚きました。

 PSAというのは、前立腺がんのスクリーニングでも用いられますが、治療後の経過観察にも必須で、多くの患者はこれを定期的に検査しながらその結果に一喜一憂しています。
 私のPSAは2006年に最低値0.6を記録し、以降、多少でこぼこしながらも概ね二増一減の雰囲気でゆっくりと上昇を続け、2012年にはPSA再発と目されるライン(最低値+2.0)を突破しました。急にPSAの加速度が増したわけでもなく、8年ぶりに受けた転移検査にも異常がなかったので、改めて驚くほどのことはないわけですが、いずれにせよ私のがん物語はその続編が始まったわけです。もしこれが限局再発だとすると、思わず食らいつきたくなるようなサルベージ療法がひっそりぶら下がっていたりもするのですが、さてどうすべきか、現在慎重に思案中です。

 2008年にドセタキセルが承認(FDAの承認は2004年)されるまでは、前立腺がんに効く抗がん剤はないと言われていましたがそれも昔話となりました。米国ではすでに新しいホルモン療法薬や抗がん剤がいくつか承認され、治験終盤のものもいくつかあり、前立腺がん関係の薬の開発はかなりの勢いで進んでいるように感じています。
(注:この辺の詳細はブログ「前立腺がんMEMO」に記しています http://higepapa.blogspot.jp/
 ホルモン療法に抵抗性が生じれば交替の駒が多いに越したことはありませんし、セカンドライン、サードラインの薬が増えれば前立腺がん患者にとってこれほど心強いことはありません。しかし、残念ながら我国での承認はなかなかそれに追いつかないようです。
医薬に携わる方にとって、薬を待っている患者の顔を具体的に思い描くことはなかなか困難だとは思いますが、病院に勤める薬剤師も今後ますます患者と直接顔を合せる機会が増えて来るように思われます。患者の言葉にも耳を傾け、その思いを汲みながら、人それぞれの抱える「物語」を理解するということも、医薬品情報の提供に劣らず重要だということを忘れないでいただければありがたいと思っております。