薬学と私

第65回セルフメディケーションと緑の薬箱

herbs’haven主宰 英国メディカルハーバリスト
石丸沙織 氏

ハーブ療法との出会い

 薬剤師であった母親の勧めで、薬学部に進学しました。在学中は予防医学に興味に持ち、未病への働きかけをする漢方や、公衆衛生学など幅広く学びました。卒業後の進路における転機になったのは、医薬品とサプリメントの相互作用が注目され始めたことです。ハーブであるセントジョーンズワートがCYPの働きを通じて医薬品との相互作用を引き起こすということが話題になっていた頃でした。そもそもセントジョーンズワートとは、どんな目的で摂取されているものなのだろうか?日本でも簡単に入手できるようになってきたハーブの適正使用とは?ということに興味を持ち、伝統ハーブ(植物)療法を学びたいと思うようになりました。

 卒業後、薬剤師が経営するハーブ取り扱い会社・グリーンフラスコに勤めました。配属先が都内の心療内科クリニックに併設された売店で、いわゆる補完代替療法(CAM)の一環として、ハーブ療法を実践できる環境にありました。

 発信していくことが大切だという思いが叶い、母校、東邦大学薬学部生薬学教室の二階堂保教授(当時)とグリーンフラスコ代表の林真一郎氏の理解と協力を得て、生薬学実習の一部として、一般にアロマやハーブと言われている西洋植物療法についての講義が始まりました。その後、小池一男教授(現在)や学生の積極的な取り組みが続き、選択科目として採用され、9年目の今年からは必須科目へと移行したと伺っています。

転機となった英国留学

 やはり渡英して、その土地の文化や風土と共に伝承されてきたハーブ療法を学びたいと思いが募るようになりました。漢方でいう証を見ないと薬も毒になりうるといわれているように、植物だけを見て、含有成分や適応症状を理解したつもりになっても、本来のようには使いこなせないのではと考えていました。

 英国滞在は、2002年から6年に渡りました。英国北部のスコットランドは、自然の豊かな土地で、ハーブ療法を学ぶには申し分ありませんでした。ハーブ医学は学士コースにあたり、4年間で基礎医学と伝統ハーブ療法を学び、臨床実習を経て修了します。その後、英国メディカルハーバリスト協会が課すOSCE試験をクリアすると正式にメディカルハーバリストとして認定されます。

ハーブ療法は必要とされているのか

 また、勉強していくうちに、植物療法はコンテンツによって随分捉え方が違うことがわかりました。先進国では前述のCAMの一部であり、現代医療に寄り添う立場にある一方、開発途上国では現代医療の届かない地域で伝統療法として日常的な医療であることを知りました。世界保健機構(WHO)によれば、現在に至っても世界の人口の多くが植物療法を含む伝統療法を実践しているといいます。
参考:http://www.who.int/mediacentre/news/releases/release38/en/

 留学中は、長期休暇を利用して他のヨーロッパ諸国にもなるべく足を運んで各地の植物療法に触れるようにしました。そして、2003年夏季休暇を利用して、西アフリカのガーナにあるCENTRE FOR PLANT MEDICINE RESEARCHを訪ね、その実際に触れることができました。研究所では、言語の違う様々な民族で伝統的に利用されてきた植物療法を科学的に体系化するとともに、併設した農園と付属クリニックを利用して、植物療法の臨床データの集積も行っていました。

 卒業後は、香港中文大学研究院にて公衆衛生学修士課程に進みました。現代医療と伝統療法の併用についてテーマに取り上げ、周産期医療に焦点をあてて文化、医療システム、中医学などの背景と共に見ていきました。

ハーブとセルフメディケーション

 現在、本州から380kmほど南下した鹿児島県の離島、奄美大島にてハーブ療法を実践しています。英国留学中に教えを乞うた先輩ハーバリストのように、地元に密着したコミュニティーハーバリストを目指して活動しています。

 この土地に移住して7年になりますが、土着の文化や風習に触れ、地域の方々と交流し、豊かな自然に身を委ね暮らすうちに、自分が取り組んできたことが少しづつ形になってきました。

 日本においては、ハーブは独特の風味をもち「癒し」をもたらす植物として導入されたため、長い臨床経験に基づき、様々な研究で裏付けされた薬効をもつ薬用植物としてはあまり認識されていません。ハーブ療法は、本来リラクゼーションを目指したものではありません。

 奄美大島での暮らしで、ハーブがとても意識の高いセルフメディケーションであるということに今更のように気づかされました。多くは海岸線沿いの平地に集落を形成して発展してきた土地です。なかなか病院にかかることもできずに幼少期を過ごしてきた世代に話を伺うと、怪我をすれば、傷口には蘇鉄の実を、破傷風予防にツルグミ茶を利用していたなど身近な薬草を利用していた記憶が鮮明に残っています。

ハーブをツールに

 一昨年、1年間に渡って、地元の新聞にて奄美大島で栽培できるハーブを利用したセルフケアについて連載をさせていただきました。反響をいただき、自分の中でもハーブが「健康」について語ることができるツールとして確立してきました。

 ハーブによるセルフケアを促すセミナーを開催すると、保険薬局の仕事ではなかなか出会えなかった方たちからも、健康管理についての質問や相談を受けるようになります。生後間もない赤ちゃんからご近所の高齢の方まで幅広く、風邪や胃腸の不調、不眠症、月経痛、子どものオムツかぶれや虫刺され、病院を受診するまでもない軽い不調にハーブを活用したいという方々とお話する機会ができました。特に、現在取り組んでいるのは、庭やベランダで栽培できるハーブや雑草などを活用した「緑の薬箱(ハーブの救急箱)」を伝える活動です。

終わりに

 私にとって、薬剤師としての貢献は、健康維持・増進のサポートをすることだと考えています。ハーブ療法においては、セルフメディケーションの促進に加え、受診の必要性の見極めや、医薬品との相互作用の確認など薬剤師ならではの視点を加え取り組んでいます。まだ模索中ではありますが、ハーブ療法をセルフメディケーションの一環と捉え、「緑の薬箱」活動を進めていきたいと思っております。

herbs'haven:www.herbshaven.com