創薬促進検討委員会・抗微生物薬適正使用推進委員会 提言第2弾「世界的協調の中で進められる耐性菌対策」


平成28年2月1日

厚生労働大臣 塩崎 恭久 殿
文部科学大臣 馳   浩 殿
経済産業大臣 林  幹雄 殿

公益社団法人日本化学療法学会理事長  門田 淳一
一般社団法人日本感染症学会理事長     岩田 敏
一般社団法人日本臨床微生物学会理事長 賀来 満夫
一般社団法人日本環境感染学会理事長  賀来 満夫
日本細菌学会理事長              堀口 安彦
公益社団法人日本薬学会会頭         太田  茂
一般社団法人日本医療薬学会会頭     佐々木 均
日本TDM学会理事長              上野 和行


創薬促進検討委員会・抗微生物薬適正使用推進委員会 提言第2弾
世界的協調の中で進められる耐性菌対策

【前 文】

 耐性菌の出現と蔓延が世界的な問題として注目されています。カルバペネム耐性腸内細菌科細菌による感染症はその1例ですが、米国CDCは「悪夢の耐性菌」として本菌に対する注意を喚起しました。また東南アジアや南アジア、中東の国々では、多剤耐性アシネトバクター属菌やカルバペム分解酵素産生菌などの増加が報告され、WHOは耐性菌に対する世界的な取り組みの必要性を提起しています。特に近年注目されている点は、耐性菌が病院や診療所などの医療機関だけでなく、食品・水・家畜などを介して一般人・健康人の間にも広まっているという事実です。市中感染菌としてもっとも重要な大腸菌においても、βラクタム剤・キノロン剤耐性菌の増加が報告され、単純性尿路感染症のような日常臨床で遭遇頻度の高い感染症ですら治療に難渋する時代を迎えています。世界のグローバル化・ボーダーレス化の中で、院内のみならず市中での耐性菌の伝播と拡散は必然と考えておかなければなりません。

 世界的に進行する耐性菌問題を人間の問題としてだけでなく、共存する動物や生物が生息・定住する環境を含めて地球規模の視点で考える “One Health”の概念が提唱されています。そして“One Health”の方向性のもとに、耐性菌問題に関しても世界の国々が大陸・国境・地域を越えて協力していくことの重要性が様々な提言の中で指摘されています。前述したCDCやWHOの提言はその1例であり、さらに2015年の米国のNational Action Planにおいても耐性菌問題における国際協力体制の確立と強化の重要性が強調されています。この点に関して本邦も、2013年および2015年のG8サミット(英国 北アイルランド、ドイツ シュロス エルマウ)におけるGサイエンス学術会議との共同声明において病原微生物の薬剤耐性菌問題を人類への脅威として提案し、これに対する対策が急務である旨が採択されました。また2014年には、日本化学療法学会が中心となり「新規抗菌薬の開発に向けた6学会提言」(“耐性菌の現状と抗菌薬開発の必要性を知っていただくために”)を発表しています。耐性菌問題は世界中の人々が対象となる地球規模の問題であり、その対応には国際社会の理解と協力が不可欠です。幸い、現時点において日本における耐性菌問題は欧米や他のアジア諸国と比較してそれほど深刻なものではないのかもしれません。しかし、世界規模で問題となっている耐性菌がいつ日本に持ち込まれるのか、将来蔓延するのか、私たちは細心の注意を払いながらこの問題と向き合っていかなければいけません。さらには、これまで日本で培われてきた感染制御・感染対策のノウハウ、感染症治療薬の開発における先進的な創薬技術を含め、知識、経験、リソースをどのように国際貢献に生かしていくのか、真剣に考えていく必要があります。WHOが提唱した「No Action Today, No Cure Tomorrow 今動かなければ、明日がない」という言葉にも込められているように、各国が連携協力してこの問題に取り組んでいくことが、“今”求められているのです。以下、世界規模で進行する耐性菌問題に関して、4つの重点項目を示しながら産官学のこれからの活動のポイントと方向性について提言させていただきます。

【戦略的な耐性菌サーベイランスの実施】

-耐性菌の頻度に加え、そのインパクトを解析する研究が求められています-

 耐性菌の疫学は国、地域で大きく異なります。さらに同じ地域であっても医療機関レベルで耐性菌の分布が異なる可能性が報告されています。耐性菌対策を効果的なものにするためには、今何が起きているのか、自分たちの施設がどのような状況下にあるのか、そしてそれは日本あるいは世界の中でどのくらいの水準にあるのかを客観的に認識することが重要です。これまでに数々の耐性菌サーベイランス事業が実施され、その情報をもとに耐性菌対策が実施されてきました。厚生労働省が実施しているJANIS (院内感染対策サーベイランス)は、全国規模で展開されている国家事業であり、全国の1,600を超える医療施設が参加する国内最大の耐性菌サーベイランスです。また日本化学療法学会、日本感染症学会、日本臨床微生物学会が実施している三学会合同抗菌薬感受性サーベイランスでは、それぞれの施設で臨床材料から分離された菌株を中央検査施設に送付し、そこで薬剤感受性を測定することにより正確かつ信頼性の高い耐性菌サーベイランスが行われています。耐性菌サーベイランスの目的は、得られた情報を現在、そして将来に活用することにあります。過去の耐性菌情報の解析から現在の危険度を正しく察知・評価し、将来を予測した感染対策を講じることが重要になります。そのためには、従来の耐性菌疫学サーベイランスに加えて、菌の病原性・定着性・伝播性なども評価するサーベイランスが必要になると思われます。また、耐性菌感染症が臨床に与えるインパクトに関して、患者の臨床的特徴、抗菌薬の治療効果、入院期間、予後、QOL、医療費などに関してのサーベイランスも必要となると考えられます。さらに、大学病院、地域中核病院、診療所、福祉施設などの施設種別の評価が重要であり、また感染防止対策加算のネットワークに参加していない施設の状況の把握が必要となります。戦略的に耐性菌サーベイランス事業を計画しこれを実施することにより、さらに効果的な感染対策、感染症診療が可能になるものと思われます。

【院内感染対策・制御のさらなる徹底】

-地域連携ネットワークの中で院内感染対策・制御のさらなる強化を目指します-

 2000年代に散発した多剤耐性緑膿菌(MDRP)や2010年に発生した多剤耐性アシネトバクター属菌(MDRA)の院内感染事例を受けて、感染対策・制御のさらなる徹底が大きな課題として注目されました。このような事例を受けて、日本感染症学会が中心となり「多剤耐性アシネトバクター感染症に関する4学会からの提言(日本感染症学会、日本化学療法学会、日本環境感染学会、日本臨床微生物学会、2010)」が発表されました。この中で感染対策の重要性が改めて強調されるととともに、それを実施するための行政的・財政的、物質的・人的サポートの重要性が指摘されています。そして2012年には医療安全対策加算、感染防止対策加算の見直しにより、感染防止対策加算1・2、感染防止対策地域連携加算制度が導入され、感染対策の実施を推進する仕組みが動き出しました。日本で導入された感染防止対策加算のポイントは、財政的サポートによる感染対策の強化・促進だけでなく、中核病院と周辺地域医療機関の連携・協力の促進による相乗効果、教育効果を目的としている点です。本制度が機能している地域においては、加算1と加算2施設の連携が機能し、お互いが高め合う状況の中で感染対策が実践できています。これからは、本制度に参加していない施設の感染対策の現状をどのように把握していくか、また加算1・2の施設との連携をいかに強化・促進していくか、行政と関連学会が協力して進めて行かなければいけない問題です。施設における感染対策をより効果的に、しかも無理のない継続可能な仕組みに進化させるためには、職員1人1人の気持ちの中に感染対策の文化を醸成・定着させることが重要です。誰もが、無意識に実践できる感染対策、無理なく継続可能な感染制御が理想となります。さらに、実践と経験の中から、新しいエビデンスの蓄積を通してより効果的・経済的・省力化につながる感染対策の方法を求めていくことが重要になると思われます。

【行政との連携による抗菌薬適正使用支援の推進】

-Antimicrobial Stewardshipの行政的導入と活用により効果的な抗菌薬療法が推進されます-

 1940年代以降に始まった抗菌薬の開発と臨床応用は、感染症の治療において人類に多大な利益をもたらしました。しかしその一方で、過剰な、あるいは不適切な抗菌薬の使用が耐性菌の出現と蔓延を助長してきたのも事実です。たとえそれが正しく使用されたとしても、常在細菌叢の中での耐性菌の出現あるいは選択を促進している危険性があります。また体外に排出された抗菌薬が環境・自然界における耐性菌の出現を助長しているという事実も報告されています。さらには、家畜・家禽、種苗生産、野菜や果物の栽培においても大量の抗菌性物質が使用されており、地球全体でみた耐性菌出現のリスクは増大していると想定されています。このような状況の中で、抗菌薬の適正使用は医療関係者だけでなく、抗菌薬に関わる全ての者の義務であり責任であると考えておかなければならない時代になりました。医療者としては感染症患者を安全に治癒させるということは絶対条件ですが、それと同時に耐性菌を出しにくい抗菌薬療法、医療費の抑制につながる持続可能な抗菌薬療法を追求していくことは、世界的に進行する耐性菌問題にとって喫緊の課題と位置づけられています。どの抗菌薬を、どのような投与法・投与量で、どのくらいの期間使用すればよいのか、症例ごとにベター、そしてベストの抗菌薬療法を考えていくことが重要です。このような抗菌薬の適正使用を支援する仕組みとしてAntimicrobial Stewardship (AMS)が注目されています。AMSとは、感染症を専門とする医師、薬剤師、臨床検査技師、看護師が医療チームを構成し、最大限の治療効果と最小限の副作用を目指した抗菌薬療法の実践を支援するシステムです。そのためには、抗菌薬の投与法・投与期間や有効性のみならず、抗菌薬の特性・副作用・相互作用、さらには分離菌の薬剤感受性などを考慮した治療内容の監視や、適切な治療介入が求められています。また、感染症診療や耐性菌の抑制に関するガイドラインの活用、職員への教育や啓発、耐性菌や抗菌薬使用状況の把握(サーベイランス)、適切に診断を行うための技術やワクチンの導入など、必要な要素を盛り込んだ医療機関ごとの行動計画;Antimicrobial Stewardship Program(ASP)の作成が必要です。ASPは米国など諸外国で先行していますが、医療体制が異なる我が国では独自のASP作成が求められています。現在、本邦においても感染症関連学会が中心となり、AMSの普及に努めており、日本化学療法学会では、抗微生物薬適正使用推進委員会を設置し、その推進を進めています。そのため、効果的かつ評価可能なAMS活動に診療報酬を新たに設けるなどの行政的施策も考えていかなければいけません。治療効果を最大限に、耐性菌出現を最小限に、そして継続可能な医療としての抗菌薬適正使用を支援するAMSの普及が期待されています。

【創薬を促進するための施策・連携・協力】

-日本版GAIN法制定など行政・企業・アカデミアが連携した施策が必要です-

 世界的な耐性菌の蔓延にも関わらず、新しい抗菌薬の開発に関しては停滞する状況が続いています。その理由の1つとして、「新しい抗菌薬の開発に必要な開発費が大きすぎて、たとえ開発できたとしてもビジネスとして成り立たない」という点が指摘されています。多くの感染症は急性疾患であり、例外を除き、その治療は長くとも数週間です。画期的な抗菌薬で短期治療が可能になればなるほど、抗菌薬が使用される期間が短くなるという状況が想定されます。一方、高血圧、糖尿病、膠原病などの慢性疾患は生涯にわたって薬を飲み続けなければなりません。このような状況の中で、慢性疾患に対する薬と感染症治療薬の創薬戦略を切り離して考える方向性が議論されてきました。そして2011年に米国で感染症治療薬の開発を促進させる新しい法律が制定されました。GAIN法(Generating Antibiotic Incentives NOW)と呼ばれる法律です。この法律には、画期的な感染症治療薬に対する市場独占期間の5年間延長、迅速審査、臨床試験ガイドラインの見直しなどの項目が盛り込まれています。そして学会と行政が協力する中で2020年までに10の新しい抗菌薬の開発を目指すという目標が掲げられました。日本でも日本化学療法学会の創薬促進検討委員会が中心となり、本邦における創薬促進戦略を議論し、2014年には関連6学会からの提言として「耐性菌の現状と抗菌薬開発の必要性を知っていただくために」を公表しました。抗菌薬の創薬促進を図るためには複数のアプローチが必要になると考えられます。特に創薬促進検討委員会では継続して、①日本版GAIN法制定の是非およびその在り方、②抗菌薬の薬価算定基準、③耐性菌感染症に対する臨床試験ガイドライン、④産官学創薬促進コンソーシアム、などの議論を進めています。日本はこれまでに世界標準薬として使用されている感染症治療薬を数多く開発してきました。今日、グラム陰性耐性菌感染症に対する治療薬として注目されているコリスチンをはじめ、セファゾリン、アミカシン、クラリスロマイシン、レボフロキサシン、メロペネム、タゾバクタム/ピペラシリンなどはみな日本の製薬企業が開発した抗菌薬です。日本の抗菌薬開発に関する技術・知識・リソースをどのように未来につなげていくか、産官学の連携・協力による大きなチャレンジともいえるプロジェクトを進める時です。

【最後に】

 耐性菌問題に対しては、世界の協調・協力が必須となります。今、米国やヨーロッパ諸国、そしてWHOやCDCなどの国際機関が協調の動きを活発化させています。このような状況の中で、私達もより積極的に、そして責任をもった行動・活動を起こさなければいけない時代となっています。アジア地域への貢献はもちろんのこと、世界の耐性菌問題、地球規模で進める感染対策の視点で考えていくことが重要です。私達が培ってきた産官学の連携による耐性菌・院内感染対策、そして多くの世界標準治療薬を生み出してきた創薬の歴史・知識・経験・リソースをどのように生かしていくのか、その責任はさらに大きくなっていると考えておかなければいけません。








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