4. 光により薬を「除く」DDS3. LAT1陰性腫瘍を標的とした薬剤開発229にあげられるのは製造容易性である。投与量が多いということは大量合成が容易でないと実用化が困難になる。PVAはさまざまな分野で安価に幅広く使用されているように、大量合成が極めて容易である。また、PVAとBPAのボロン酸エステル形成は水溶液中で混合するだけで完了するものであり、この点においても製造容易性に優れているといえる。 このように極めて単純な構造をもつDDSであるが、効果は極めて高かった。PVAとBPAの複合体(PVA-BPA)は前述のようにLAT1介在型エンドサイトーシスにより取り込まれ、従来のBPAと比較して取り込み量も3倍程度高くなり、エンドソーム・リソソーム内に局在することが示された。また、細胞内滞留性においても従来のBPAと比較して顕著に高くなることがin vitroで明らかになった。皮下CT26腫瘍マウスモデルを用いたin vivoの研究においても、PVA-BPAは従来のBPAと比較して高い腫瘍集積性・滞留性を示し、BNCT効果も有意に高いことが示された(図1C, D)。さらに、日本医療研究開発機構産学連携医療イノベーション創出プログラム・基本スキーム(ACT-M)の支援を受けて、肺がん同所移植モデルに対する治療効果を検討した結果、PVA-BPAは極めて高い延命効果をもたらすことが明らかになった(図1E)。2023年12月より、ステラファーマ株式会社と三菱ケミカル株式会社と共同研究契約を締結し、PVA-BPAの製剤化研究を実施し実用化に向けた開発を推進している。 BPAを利用した製剤は上述のように有望な結果をもたらしているが、BPAの細胞内取り込み効率はLAT1の発現量に依存することが示唆されており4)、今後BNCTの適用範囲を拡大していくためには、LAT1非依存的に腫瘍に集積するホウ素薬剤の開発が必要である。この背景のもと、高分子ミセルやリポソームなどのDDSを利用してホウ素を腫瘍に選択的に送達する研究が進められてきた。これら従来のDDSは、腫瘍血管から腫瘍組織に漏出する機会を増やすことにより腫瘍集積性を高める、いわゆるEPR効果に基づいたアプローチで設計されており、臨床で求められる腫瘍内ホウ素濃度25ppm以上を達成することに成功した研究が多数報告されている。一方、これらのDDSは血中滞留性が極めて高いために、腫瘍に集積しなかったものは血液中に長期的に残存することになる。前述のとおり熱中性子は体内で散乱し正常組織に少なからず分布することから、血液中等の正常組織に薬剤が残存することは好ましくない。特にBNCTでは正常組織における被曝量が、一般的な抗がん剤のmaximum tolerated dose(MTD)に近い考え方に相当するため、腫瘍内ホウ素濃度を高めるだけでは治療効果の向上につながらない。そのため、 腫瘍と血液・正常組織間のホウ素薬剤濃度比(tumor/blood比:T/B比、tumor/normal tissue比:T/N比)を2.5以上とすることが臨床では一つの基準として求められている。従来のDDSの応用で腫瘍内ホウ素濃度25ppm以上、T/B比2.5以上、T/N比2.5以上を同時に満たした事例はほとんどない。特にT/B比を向上することができないのは、血中からのクリアランスを高めようとすると腫瘍集積量が低下してしまうからである。実際、筆者らは異なる分子量をもつpoly(N-(2-hydroxypropyl)methacrylamide(PHPMA, EPR効果を示す汎用的な生体適合性ポリマー)を蛍光標識し、その腫瘍集積性と血中滞留性を評価した結果、血中からのクリアランスの速い比較的分子量の小さいPHPMAは腫瘍集積量を著しく低下させた5)。すなわち、腫瘍集積量と血液クリアランスの間にはジレンマが生じており、従来のDDSを単純にBNCT用製剤に転用することは困難であることが示唆された。 そこで筆者らは、血中に残存するホウ素薬剤を能動的に除くことができれば、上述のジレンマを解消することができるのではないかと発想した。特に、時空間制御を行いやすい光を利用して薬物動態を制御できないかと考えた。この考えを基に開発したのが図2AのDDS(PHPMA-PL-BSH)である5)。PHPMA-PL-BSHは、上述の検討で最も高い腫瘍集積量を示したMn 330000 のPHPMAの側鎖に、単剤では速やかに腎排泄されるホウ素薬剤クラスター(BSH)を、光により開裂するリンカー(PL)を介して結合した構造をもつ。PHPMA-PL-BSHを腫瘍に集積させた後、正常組織の血管に対して光を照射することにより、リンカーを開裂させることでホウ素化合物を腎臓から速やかに排出されやすい状態に変換し、血中からのクリアランスを高めることを企図している(図2B)。光の浸透は限定的であるが、血液は常に循環しているため、一部の血管に光照射を行うこと
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