3. アステラス製薬によるASP3082 KRAS 207図1 標的タンパク質分解誘導剤における触媒サイクルTernary complex formation E3POITPDE3TPDTPD:Targeted protein degrader (標的タンパク質分解誘導剤)POI :Protein of Interest (標的タンパク質) E3:Ubiquitin ligase (ユビキチンリガーゼ)POITPDubUbiquitination TPDPOIububububPOIububububDegradationる。以下、順を追って説明する。 標的タンパク質分解誘導剤は、先に述べたように触媒的に標的タンパク質を分解する。すなわち、薬剤分子は、ユビキチン化とプロテアソームを経た1つのタンパク質分解反応を完了させると次の標的タンパク質をユビキチン化する反応サイクルに入り、繰り返し標的タンパク質の分解を促進する。そのため、標的タンパク質分解誘導剤は少ない薬剤量で強力に、かつ長期間にわたってその作用を持続させることが期待できる。タンパク質はその再生に48時間程度以上を要するものも多く、そのような再生の遅い標的においては、その効果は顕著になるものと考えられる。加えて、多くの阻害剤は標的タンパク質の薬剤抵抗性の変化やその下流シグナルからのフィードバック機構により薬剤作用を減弱する生体内反応を誘発することが知られている。標的タンパク質分解誘導剤は標的そのものを分解することでこの問題を解決する。 また、標的タンパク質分解誘導剤は、従来型の低分子化合物と比較して、優れた標的選択性を期待できる。最適化された標的タンパク質分解誘導剤が2つのタンパク質と三者複合体を形成すると、標的タンパク質あるいはユビキチンリガーゼとの薬剤-タンパク質間相互作用に加え、2つのタンパク質間での相互作用が発生する。この三者複合体を介した複雑で広範囲な分子間相互作用により、標的タンパク質は、従来型の低分子化合物と比較して優れた選択性を発現することが可能である。加えて、活用するユビキチンリガーゼを適切に選択することで病態組織選択的に薬剤の作用を発揮できる可能性がある。生体細胞内には約600種類のユビキチンリガーゼが存在するといわれており、この中には、特定の疾患や組織に限局して発現するものや、機能効率が組織によって異なるユビキチンリガーゼが存在すると考えられる3)。これらをうまく活用することで病態組織に対する選択性を薬剤に付与し、患者さんに対する優れた安全性を提供することができる。G12D変異体分解誘導剤の創出 Ras遺伝子変異は主要ながん発症要因の一つとして知られている。主要なRasとしてはKRAS、NRAS、HRASが知られているが、中でもKRASは変異の発生頻度がとりわけ高く、がん発症への寄与が大きい。KRASは細胞増殖などのオン-オフを切り替えるスイッチのような役割を果たしており、通常は非活性型(off)で存在するが、細胞増殖の際には、活性型状態(on)になる。KRAS変異によりonの状態が持続することで、制御不能な細胞増殖が起こり、がん化へとつながる(図2)。米国では年間およそ180万人が新たにがんと診断されており、その中の11.6%、人数にしておよそ21万人がKRAS変異を有する患者層であるため、KRAS変異に対する薬剤開発はがん領域において至上命題となっている。KRAS変異の中ではG12C、G12D、G12Vの3つの変異が特に発生頻度が高いことで知られており、これら3つを合わせるとがんの原因となっているすべてのKRAS変異の半分以上を占めている4,5)。 KRASは、その存在の発見以降、40年にもわたり創薬が実現されない難攻不落の標的であった。これは、KRASタンパク質の生体内リガンドGTP/GDPがKRAS
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