3. 製薬企業とバイオテック4. ベンチャーキャピタル(VC)と投資状況199している。 また、これら施設の医師や研究者はその専門性からKey Opinion Leaders(KOLs)としての役割も担っており、バイオテック企業に対してサイエンスやテクノロジーに関する最新情報やアドバイスを行う。実際、現在筆者が働いている創薬スタートアップ(Matchpoint Therapeutics社)は、ハーバード大学医学部とDana-Farber Cancer Institute に所属する研究者のNathanael Gray(現在はスタンフォード大学)やEdward Chouchaniらがサイエンティフィックファウンダーとなり、彼らのケモプロテオミクス技術や共有結合する阻害剤のアイデアをもとに設立された4)。彼らとは定期的にコミュニケーションをして、最新論文や学会の有益な科学情報をもとに会社内のデータ、ストラテジーをディスカションする。 サイエンティフィックファウンダーではないKOLsでは、サイエンティフィックアドバイザーとして会社に属する場合や、コンサルタントとして一時的に会社に貢献するというケースが多い。いずれにしても、バイオテックにとってはこのようなKOLsとのネットワーク、良好な関係を築くことが成功への重要なポイントとなる。 ノバルティス社、サノフィ社、タケダ社、ファイザー社などの大手製薬企業がボストンに拠点を構えていることも、この地域の特徴である。近年、これら大手製薬企業でのアーリーステージの創薬研究プログラムは縮小傾向にあり、自社による一からの新薬開発は少なくなってきた。その一方で増えてきたのは大手製薬企業によるバイオテック企業の買収である。 一つの新薬を開発するために必要な費用の中央値は約11億ドルとなっており5)、米国食品医薬品局(FDA)承認までに平均12年程度かかる6)。また、疾患領域によっても異なるが、開発薬がFDAによって承認される成功率は、約10%前後といわれており7)、ハイリスクであることがわかる。コスト、時間、リスクの観点から、大手製薬企業にとっては一から創薬アイデアを出し自社開発をして臨床試験、FDA承認までもっていくよりも、非臨床試験や臨床試験の途中の段階にまできたバイオテックを買収した方が理にかなっているといえる。 また、大手製薬企業のバイオテック買収にはノウハウを蓄積する目的もある。近年、サイエンス、テクノロジーの進展はとても速いため、すでにうまくいっているバイオテックを大手製薬企業が買収することで、最先端の研究データとその解釈方法、人材、特許、ビジネスストラテジーなどを効率よく取り入れることができる。 ボストンには約1000社ものバイオテック企業があるといわれており8)、常にイノベーティブな新しい会社が立ち上がっている。しかし、設立して間もないバイオテックは、競合他社にアイデアが漏れるのを防ぐため会社の情報をあえてパブリックに出さない、いわゆる「ステルスモード」と呼ばれる状態であることが多い。大手製薬企業にとっては、これら情報がないステルスモードの優良スタートアップをいかに早い段階から見つけ、コンタクトできるかがキーとなる。 このため海外の大手製薬企業はもちろん、日本の製薬企業もボストンにCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立しているケースも少なくない。CVCは親会社とは独立しているものの、製薬企業が自社開発を進める一方で興味のあるバイオテックの情報を集めながら、いつでも投資できる準備を整える。最近の日系製薬企業では中外製薬がボストンに拠点をもち今年から活動を始めている9)。 2023年のボストンエリアでの大型バイオテック買収例としては、Karuna Therapeutics社(ブリストル・ マイヤーズ・スクイブ、Deal value: $14 billion)、ImmunoGen社(AbbVie、Deal value: $10.1 billion)、Cerevel Therapeutics社(AbbVie、Deal value: $8.7 billion)が挙げられ、今後の展開が注目される。 ボストンにはモデルナ社に初期から投資していたFlagship Pioneering社をはじめ、Third Rock Ventures社、Atlas Ventures社、Polaris Partners社、RA Capital Management社など、バイオテック・ライフサイエンスに特化した経験のあるVCが多数本社を置いていることも特徴である。これらVCでは自身のネットワークを使って近隣の大学と話を進めて会社をつくるベンチャークリエーションモデルをとっている場合が多い。 治療薬を開発できる会社をつくるためには経験豊富な人材とチームづくりが不可欠である。そのため、多くのVCはEIR(Entrepreneur in Residence)と呼ばれる経験のあるアントレプレナーを社内で雇っている。このメンバーは常に流動的な立場にあり、VCとその出資会社
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