3. 新たな産学官連携の始動141も関わらず、委託先から開示されるバインダーの構造情報は限定され、周辺化合物から得られる構造活性相関(SAR)の情報をまったく知ることができないといったケースもある。さらに、DEL自体の質も必ずしも良いとはいえず、薬にならない構造の混在や、不十分な化合物空間デザイン、合成方法の多様性の乏しさ等、多くの課題を抱えている。今後、わが国が海外メガファーマと伍して創薬研究を行うためには、わが国でもDELプラットフォームを構築し、DELの質の向上を自力で目指す必要がある。その実現のためには、国内製薬企業とアカデミアの総力を結集した戦略的技術開発の推進、事業成果のプラットフォーム化と国内製薬企業とアカデミアの協調利用の推進体制構築が必要とLEUでは考えた。 筆者が製薬企業研究者だった1990年頃に始まったHTS創薬であるが、当時の創薬標的は明確な結合ポケットが存在する酵素やGPCRであった。実際、筆者が創製した上市医薬品もGPCRが標的であった。現在においても、キナーゼのような従来型創薬標的であれば、従来型化合物ライブラリーを用いたHTSで対応は十分可能である。しかし近年、創薬標的のシフトが起こっている。近年の創薬ではタンパク質-タンパク質相互作用(PPI)物質やアロステリックモジュレーター、クリプティックサイトバインダー等のタンパク質がその対象になりつつある。これらは明確な結合部位が存在しない、高難度標的と呼ばれている。高難度標的に対しては、従来のHTS用化合物ライブラリーから高質なヒット化合物を得るのは困難である。したがって、HTS技術では実現できない膨大な化合物探索空間から医薬品シーズを効率的に選抜する革新的技術が必要となる。その潮流に合致したDELが着目される所以である。 DELプラットフォームのフローを図1下に示した2)。創薬標的タンパク質を発現・精製後、磁気ビーズ等に固定しDELを混合物のまま用いてアフィニティーセレクションを行う(DELセレクション)。バインダーを分離後、PCR、次世代シーケンシング(NGS)、データ解析と進み、バインダーのwarhead構造を推定する。選定したOn-DNA化合物のwarhead部分のみ別途再合成し、機能性評価を行ってヒット化合物を確定する。バインダーの構造解析により、膨大なSAR情報が得られ、また開発候補品に近い構造の高親和性バインダーが取得できることも多く、開発時間とコストの削減が期待される。大変シンプルで魅力的なDELである。しかし、DELプラットフォーム構築には多額の初期投資が必要であり、国内製薬企業やアカデミアの単独実施・維持は極めて困難である。国内特許出願状況を調べても、LEU内において国内におけるDELプラットフォーム構築の必要性を議論していた2018年頃には特許出願は皆無であった。2021年になり、日産化学株式会社から国内初の特許出願が成されたという状況であった。 わが国の低/中分子創薬の現状を打破するため、日本製薬工業協会(製薬協)は、わが国の主要な新薬メー カー9社がそれぞれ研究者と研究資金を拠出して高品質なDELを合成することを目的として、製薬協傘下のコンソーシアムであるJ-MODDELを2019年に立ち上げた。一方、前述のとおり、LEU内でも時を同じくして、2018年にアカデミア創薬における良質なヒット化合物の創出確率を向上させる新規技術としてのDELプラットフォーム構築の提案があり、議論が行われていた。製薬協でもDELに着目しているという情報をLEUが入手したのは、ちょうどその頃である。アカデミアと製薬企業でそれぞれ出口・思惑は異なるが、“わが国におけるDELプラットフォーム構築が必要”との考えは、双方で一致していた。そこで、直ちにJ-MODDELとLEUの間で産学連携でのDELプラットフォームの実現に向けた協議を開始し、合意した構想に基づいて、産学連携によるDELプラットフォームの内製化を国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)の一環として計画した。2020年度の第一次補正予算に対して、産学が共同で利活用できるDEL研究スペースおよびDEL合成およびDEL評価専用施設の整備を申請し、幸いにして交付を受けることができた。その結果、AMEDの支援の下、東京大学大学院薬学系研究科の南館地下1階にDEL研究用スペースを確保し、そこにDEL合成用機器類およびDELセレクション用機器類を設置して、DELプラットフォーム内製化の第一歩を踏み出した。創薬関連では従来にない規模の協業となることもあり、その具体化には1年以上にわたる協議を要したが、2021年2月よりAll Japanで利活用できるDELの産学連携構築を目指した、DEL合成の共同研究を開始するに至った(DEL合成の詳細は他誌を参照されたい3))。本共同研究の特筆すべき点は、連携企業9社のケミストがLEUのDEL研究施設に参集して、産学の研究者が協力してDEL合成
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