MEDCHEM NEWS Vol.34 No.3
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4. 転籍、パンデミック、そして転職136山のことを経験し、学ぶことができた。とりわけ、Tri-I TDIでは多数のプロジェクトが同時進行していて、それらを限られた人員や研究リソースでやり繰りする必要があり、研究マネージメントの重要性を再認識した。チームではThe One Thing2)を合言葉に、研究を進めるうえで何が最も重要な問題か、またクリティカルパスは何かを常に議論し、それにフォーカスしてアクションを取ることで、最小のリソースかつ最短で結論を導き出すことを徹底的に追求した。もちろん研究パートナーであるPIのグループとも意を同じくしてタスクをこなす必要があるのだが、これが容易ではなかった。もちろんゴール自体は明確に共有されているが、彼らの研究ストーリーにおいて重要と思えることが、いかんせんこちらにとっては回り道であったり、我々が考えるクリティカルなタスクを実行するためのリソースがPIのラボになかったりと、なかなかに苦労が多かったものの、時間を惜しまずしっかりと議論し、クリティカルなデータの取得に注力することで、なんとかプロジェクトを前進させていった。 バイオテック企業の強みは迅速な意思決定にあると上述したが、ここでもスピードを最重視して取れそうなリスクはどんどん取っていった。これはもしかしたら日本から来たばかりの研究者には乱暴に感じられたかもしれない。しかしながら時間も経ち、現地での生活も慣れてくると、徐々にこのわかりやすく大胆なカルチャーに染められていくのは、ニューヨークという刺激的な環境によるものも大きいと思う。 Tri-I TDIではこれまで多数のプロジェクトにおいてPOC取得に成功し、それらの中の相当数の研究アセットが他社にOut-Licensingされ、さらには新会社の設立における中核プログラムとしても貢献している。これらの成果はMike、麻生氏をはじめ歴代リーダーたちの強力なリーダーシップにのみならず、各メンバーの献身 的な努力によってもたらされたことは論をまたない。Tri-I TDIの卒業生は、国内外さまざまな製薬企業や研究組織で活躍されていると聞く。当地での経験が彼らのキャリア形成の一助となっていれば、すでに設立目的の最も重要なところは達成されたのではないかと思う。 予定された出向期間が終了する2019年度末を迎えるにあたって、これまでTri-I TDIの立ち上げからプロジェクトのOut-Licensingまで一通りの研究プロセスを経験させていただいたので、ここらで潮時のようにも思っていた。しかし一方で、もう少し踏みこんでその先にも関わりたいとも感じていた。幸いにも、Tri-I TDIに残って運営に参加しないかとのお誘いがあり、2020年初頭からTri-I TDIへ転籍することを決断した。そのとたん、あのパンデミックが発生したのである。読者の皆さんには言わずもがなであるが、ニューヨークの惨状たるや暗澹たるもので、今思い出しても気分が沈むほどであった。Tri-I TDIはもちろん、ほぼすべての企業、教育機関がロックアウトし、しばらくはマンハッタンに入ることもできなかった(当時ニュージャージー州在住)。犯罪は多発し、特にヘイトクライムの増加は人ごとではなく、幾多の辛い思いも経験した。ただ、The Show Must Go On、研究を止めてはいけない。すぐさまリモートスタイルでの就業が開始された。前述のとおり、PIや共同研究者と日々顔を突き合わせて議論することで研究を進めるのが強みのはずが、e-メールやオンライン会議のみとなり、そして何よりラボへのアクセスが制限されたことによる研究の遅れは、当初無視できないものであった。だがメンバーの研究に対する情熱と行動力はさすがで、ラボへの同時入室人数が制限されたが、シフトを上手に組むことで効率的に実験を進めることができた。また、CRO(開発業務委託機関)各社への実験振り分けも行い、それらによって研究の遅れは最小限に留められた。さらにはこの新型コロナウイルスを対象とした研究も開始、注力され、そのうちいくつかのプログラムは、開始から約半年の比較的短期間で前臨床試験へ進められた。このスピード感もアカデミアと製薬企業の研究者たちが同じ場所に集い、侃侃諤諤、議論を交わすことでもたらされたのは間違いない。 それから1年が経ち、リモート/ハイブリッドスタイルの業務にも慣れ、またオフィスへの出勤も再開され、徐々にパンデミック以前の状態へ世間も自身も向かおうとしていた折、「Ferring Pharmaceuticals社(以後、Ferring)サンディエゴ研究所にてJohnny Zhu博士がリーダーとなって新たに低分子メドケムチームを作っていて、メンバーを募集しているけど、彼と話してみないか?」との話が舞いこんできた。実際、会って話をしてみると、彼はシャープかつ情熱的で、明確なビジョンをもっており、それを出し惜しみなく共有していただくことで、インタビューの段階から活発な議論を交わすことができた。さらに新しい研究グループの設立に携われる

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