制体究研の貫通気一132次世代計測技術で未踏創薬に挑戦する図6 創薬プロテオミクス分野の研究体制と取り組みの概要大規模解析・AI先端計測技術ナノ材料化学た研究環境を背景に、学際融合研究を縦横無尽に展開しつつ、分野の垣根に捉われない後進の育成に力を入れている。 次世代シーケンサーがゲノムサイエンスの躍進を支えたように、優れた計測技術はいつもサイエンスにパラダイムシフトをもたらす。分野名にも冠する「プロテオミクス」は、生体内に発現しているタンパク質の総体(プロテオーム)を計測する技術を指し、ゲノムだけでは説明がつかない生命現象を解き明かす鍵を握る。特に、液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析(LC/MS/MS)を利用したショットガンプロテオミクス(ボトムアッププロテオミクスとも呼ばれる)は、創薬標的やバイオマーカーの探索を中心に、臨床分野からも高い期待を寄せられている。筆者らの大きな目標の一つは、ショットガンプロテオミクスを基盤とする次世代“プロテオーム”シーケンサーの創出であり、1,000 sample/dayの超高速計測を可能とするマシンガンプロテオミクスのコンセプトを提唱した3)。クロスアポイントメント助教の金尾は、分離科学とナノ材料化学を武器に、マシンガンプロテオミクスのさらなる高速化・高感度化を目指してい る。現在、簡便で効率のよい分画技術の開発や4,5)、プラスチックでできた人工抗体6)、構造をナノメートルオーダーで精密制御したナノ分離担体の開発7,8)、親水性クロマトグラフィー/捕捉型イオン移動度スペクトロメトリー/四重極/飛行時間型質量分析計による多次元高性能分離システムの構築など、システムの要素技術を抜本的に見直し、工学的なバックグラウンドを最大限活かした研究開発を進め、計測技術から生命科学研究を変革する準備を進めている。 また、細胞外小胞(Extracellular vesicle; EV)に関する研究にも、分野発足当初から注力してきた。EVは、あらゆる細胞から放出される脂質二重膜で囲まれた粒子の総称であり、細胞間の情報伝達の新たな担い手として注目を集めている。現在、EVを利用した創薬研究が精力的に進められているが、その分子特性や生体内動態の理解は、創薬モダリティとしてのポテンシャルを最大限発揮する上で必須である。現在までに、京都大学の秋吉一成博士、理化学研究所の今見考志博士らと共に、臨床サンプルからのハイスループットEV回収技術9)、表面化学種に基づくEVのサブクラス分類技術10)、EVの動態追跡技術11)を開発しており、EVの基盤計測技術を複数報告してきた。これらの技術を上述のマシンガンプロテオミクスと組み合わせることで、大規模データからEVの生命科学的意義や疾患との関係性が明らかになるとともに、個別化医療や早期診断に向けた精密なバイオマーカーの創出が期待される。現在は、京都大学の 佐々木善浩博士、米国スクリプス研究所の水田涼介博士らと共に合成生物学的アプローチによって、人工材料と生体膜をハイブリッドした人工生体微粒子の創出にも取り組んでおり12)、計測とモノづくりを融合した独自の融合研究領域が生まれつつある。 さらに、プロテオミクスで得られる膨大なデータを活かし、生命現象の法則性や新規創薬ターゲットを探索するプロジェクトも行っている。すでに、リン酸化プロテオームとインタラクトーム、さらには大腸がんの公共データベースを相補的に利用したBRAF V600E変異体のシグナル伝達経路や、タンパク質に対して自然言語モデルを適応したタンパク質言語モデルによるタンパク質寿命決定因子の予測などに着手しており、計測だけではなく、統計・情報学にも強みをもつ新しい薬学人材が育っていることも、本分野の成果として強調しておき たい。 以上のように、創薬プロテオミクス分野は、薬学、医学、工学さらには情報学の創発的な連携ハブとして十二分に機能しており、筆者らを中心とした連携の輪が拡大していることが窺える。これからも“Technology driven science”をキーワードに、チーム一丸となってアカデミア創薬に挑戦していきたい。
元のページ ../index.html#12