6. まとめ108AUTHORれている。その潮流の中では、“低分子の限界”が語られてきた。生命現象が分子レベルで解明されるにつれ、酵素や受容体に低分子リガンドが結合する低分子-タンパク質間相互作用以上に、生体内ではタンパク質-タンパク質間相互作用(PPI)が重要な役割を担うことがわかってきた。しかし、PPIは一般に、広く浅い相互作用面で弱い分子間力が協働することで成立しており、低分子が結合するポケットがないため、低分子によるPPIの阻害は困難と考えられ、新たな創薬標的には新たな創薬手法として、抗体・中分子が注目された。 しかし、今回のAIMECSでは、タンパク質のポケットに結合し機能を阻害するという従来の低分子の戦略では目的の生物活性の発現が困難である創薬標的に対しての低分子創薬のチャレンジが非常に印象に残った。Targeted Protein Degradationは、今回、PROTACをテーマとする独立したシンポジウムがありながらも、複数の発表で同戦略の有効性が多数紹介されていた。プ ロテインキナーゼのシンポジウムでは、Ke Ding先生(Chinese Academy of Sciences)が、キノームの10%を占める触媒機能をもたないシュードキナーゼを標的とした阻害剤の開発戦略として、PROTACを一つの選択肢として提示し1)、鈴木孝禎先生も、PPIを基盤とするエピジェネティクス阻害剤の開発において、リシン脱 メチル化酵素KDM5CがPPIのscaffold機能を有する ことに着目したPROTACの開発研究を紹介した2)。Dengfeng Dou先生(HitGen Inc.)は、リンカー部にDNAを連結したPROTAC DNA encoded libraryを構築し、標的タンパク質BRD4とE3リガーゼCRBNに 対する2段階のスクリーニングを行うことで、効果的 に三者複合体を形成するPROTACの構造最適化の方 法を報告した3)。また、Seung Bum Park先生(Seoul National University)は、STING-TRIM29 E3リガーゼの相互作用の阻害を例に、PROTACとは反対にタンパク質分解を回避させることで特定のタンパク質の量を増加させるUPPRIS(upregulation of target proteins by protein-protein interactions)という戦略を紹介し、STINGアゴニストの効果を増強させることを示した4)。 また、タウやα-シヌクレインなどの天然変性タンパク質(intrinsically disordered proteins;IDPs)のミスフォールディングは、凝集体、アミロイド線維を形成 し、アルツハイマー病やパーキンソン病の発症や進行 に関与するとされている。IDPsは堅牢な三次元構造 参考文献 1) Wang, Z., et al., J. Med. Chem., 65, 1735‒1748 (2022) 2) Iida, T., et al., ChemMedChem, 16, 1609‒1618 (2022) 3) Chen, Q., et al., ACS Chem. Biol., 18, 25‒33 (2023) 4) Cho, W., et al., Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202300978 (2023) 5) Kiss, R., et al., ACS Chem. Neurosci., 9, 2997‒3006 (2018) 6) Tóth, G., et al., PLoS One, 9, e87133 (2014)をとらないため、IDPsに対する低分子創薬は困難で あることが予想される。Gergely Tóth先生(Cantabio Pharmaceuticals Inc.)は、短鎖タウに対してin silicoスクリーニングにより、またα-シヌクレインに対してNMR、MDシミュレーションを用いてホットスポットおよび低分子が結合しうる部位を見出し、IDPsのモノマーを安定化し凝集体形成を抑制し所望の生物活性を示す低分子シャペロンの開発について紹介した5,6)。 以上のように、AIMECS 2023では、従来、低分子では難易度が高いとされた創薬標的に対する創薬研究について多数報告があった。現在、酵素や受容体に作用する低分子薬は成熟した時期かもしれないが、これらの報告をふまえると、低分子創薬が限界を迎えたということでは決してなく、今回の主題どおり、低分子創薬においては新章が始まっているのだと感じた。 AIMECS 2023では、現在までの創薬化学研究の展開について、幅広く知見を深めることができた。創薬につながりうる研究開発は、科学的な知見に溢れる面白いものだと感じた。筆者自身も、生物活性がどうかというだけでなく、その基礎にある方法論やメカニズムなど、科学的にも面白い研究をしていきたいというモチベーションを得る契機となり、大変有意義な機会であった。次回のAIMECS 2025は中国にて開催されるが、日本から学生が多数参加し、自身の研究やキャリアにおいて価値のある経験を得られることを願う。駒谷優弥(こまたに ゆうや)2020年 北海道大学薬学部薬科学科卒業2022年 北海道大学大学院生命科学院修士課程修了 同 年 現在に至る(市川 聡 教授)Copyright © 2024 The Pharmaceutical Society of Japan
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