〔SUMMARY〕 メカノケミカル有機合成は、従来の有機合成とは異なり、反応容器としてボールミルなどの粉砕機を用いる。この方法は、反応溶媒の大幅な削減、反応速度の向上、容易な操作、難溶性化合物の反応が可能になるなどの利点がある。筆者らは過去 5年間で、パラジウム触媒によるクロスカップリング反応のほか、難溶性化合物の反応開発、Grignard試薬などの有機金属化合物の合成、高速なBirch還元、圧電材料を用いたメカノレドックス反応の開発などの成果を上げ、メカノケミカル有機合成の有用性を示した。Unlike conventional organic synthesis, mechanochemical organic synthesis uses a grinding machine such as a ball mill as a reaction vessel. This method has the advantages of greatly reducing the reaction solvent, increasing the reaction rate, simplifying the operation, and enabling reactions of poorly soluble compounds. In the past five years, we have demonstrated the usefulness of mechanochemical organic synthesis by developing palladium-catalyzed cross-coupling reactions, reactions of poorly soluble chemicals, synthesis of organometallic compounds such as Grignard reagents, fast Birch reduction, and mechanoredox reactions using piezoelectric materials. The results showed the usefulness of mechanochemical organic synthesis.MEDCHEM NEWS 34(2)97-102(2024)97Keyword mechanochemical organic synthesis, ball mill, mechanoredox伊藤肇Hajime Ito*1,2用いる代わりに、ボールミルなどの粉体作製の装置を用い、溶媒なしか、基質の10分の1程度の少量の溶媒を添加剤に加えて反応を実行する。このような反応の方法は、以前から検討されてきたが、特殊な基質でしか反応が進行しなかったり、溶液系の反応と比べて効率が劣っていたりすることが多く、一般の有機合成化学者が、あえてメカノケミカル反応を選択する必要性を見出せなかった1〜3)。筆者らの研究室では5年前から、固体を反応剤とした有機合成化学反応の開発をスタートした。その結果、ボールミルでの反応条件を工夫することで、メカノケミカル有機合成の適用範囲が広がり、これまで考えられていたよりも、非常に多くの反応がメカノケミカル条件で実施可能であることを明らかにした(図1)。例えば、固体基質に対する鈴木-宮浦クロスカップリング反応3,4)やBuchwald-Hartwig反応5)が、溶液系よりも大幅に高い効率(省溶媒・短時間・高収率)で実施できる6)。メカノケミカル条件による鈴木-宮浦クロスカップリング反応は、高温で反応を実施することで、これまで活用できなかった難溶性基質を反応させることができた。また、ボールミル反応において圧電材料を共存させることによって、フォトレドックス反応のメカノケミストリー版ともいえる、メカノレドックス反応を世界で 初めて開発することに成功した7)。さらに、溶液系で合1.はじめに 有機合成反応は生理活性のある小分子の合成に広く用いられているが、基本的にはガラス容器などの中で、体積比で基質の5倍から10倍くらいの量の溶媒を用いて実施することが普通である。溶媒によって、反応剤や触媒が溶媒中で拡散し、分子レベルで自由に衝突することが、効率のよい反応に必須であると考えられてきた。しかしこの有機溶媒は、それ自体のコストもさることながら、多くの反応の場合、脱気(脱酸素)脱水処理を必要とし、分液操作、エバポレーションなどの作業コストは大きい。また、最近の二酸化炭素削減や溶媒による環境破壊防止の社会的要請から、溶媒の使用は難しくなってきている。また、旧来の方法においては、大量の溶媒を使用することから、基質の総量に比べて反応容器はかなり大きくなり、それに対応して設備も大きくなる。このことは新しいプロセスを導入しようとする場合に重要な検討事項となる。 メカノケミカル有機合成は、溶媒と通常の反応容器を*1 北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)副拠点長 Vice Director, Institute for Chemical Reaction Design and Discovery, *2 北海道大学 大学院工学研究院 教授(卓越教授) Distinguished Professor, Faculty of Engineering, Hokkaido UniversityHokkaido UniversityNew Developments and Possibilities in Mechanochemical Organic Syntheisメカノケミカル有機合成の新展開と可能性
元のページ ../index.html#41