MEDCHEM NEWS Vol.34 No.2
30/64

86すること、さらにはその活性種の存在割合が膵臓がん患者血液中で大きく変わっている例が見られたことは新規の知見であり、今後のメカニズムの解明が待たれる。 これらのバイオマーカー候補の発見により、1分子酵素活性計測という新たなモダリティーに基づく疾患診断の可能性が示されたことを受けて、科学技術振興機構(JST)のSTART事業の支援を受け、診断技術の社会実装を目指すベンチャー企業コウソミル株式会社が設立されている。まだまだ生まれたばかりの技術ではあるものの、多くの研究者、機関との共同研究やサポートを受けて生み出された本技術を、今後の研究を通じて基礎〜社会実装までを含めてさらに成長させていくことがこれからの目標である。特に、見出される血液中の酵素活性の変化がどのような由来臓器の変化を反映したものであるかという臓器-血液連環の理解、また、これらの1分子酵素活性の変化がどのようなタンパク質の構造的変化を反映したものであるか、という分子レベルの理解という2点でのメカニズムの理解の深化は、本技術が学術的に発展していくための重要な鍵であり、これらの基礎固めの研究を進めていくことが、本技術の今後の発展のために欠かせないと考えられる。4. おわりに 「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というのは孫子の兵法にある言葉であるが、薬学という学問が薬を良く知るためのものであるとすれば、これに合わせて敵である疾患の状態やその成り立ちについて深く知ることはより良い治療の実現に向けたもう一つの重要な研究の柱であるといえる。疾患の状態を正しく知ることは薬の正しい使用への示唆を与え、疾患の成り立ちに関する我々の理解が深まることは、これを制御する新しい薬を開発する足掛かりを与える。また、がんをはじめとする多くの疾患は、これがまだ芽である早期のうちに発見されることで、薬や外科手術による治療効果が格段に高まることが期待される。従来の「多」を対象とした解析から見出すことができなかった「個」のタンパク質レベルの機能変化を明らかにすることを可能とする本方法論は、疾患と関わるタンパク質機能に対する我々の理解を進めるための次世代のタンパク質解析技術に求められる要件を満たすものとしてさらなる発展が期待される。 筆者らが進めている研究は、疾患を治療する薬そのものを開発する新薬開発研究とは立場が異なるものである参考文献 1) Saghatelian, A., et al., Nat. Chem. Biol., 1, 130‒142 (2005) 2) Komatsu, T., Chem. Pharm. Bull., 65, 605‒610 (2017) 3) Komatsu, T., et al., J. Biochem., 167, 139‒149 (2020) 4) Aebersold, R., et al., Nat. Chem. Biol., 14, 206‒214 (2018) 5) Komatsu, T., et al., J. Am. Chem. Soc., 135, 6002‒6005 (2013) 6) Onagi, J., et al., J. Am. Chem. Soc., 139, 3465‒3472 (2017) 7) Yanagi, K., et al., Cell Rep., 36, 109311 (2021) 8) Kuriki, Y., et al., Chem. Sci., 13, 4474‒4481 (2022) 9) Komatsu, T., et al., Chem. Pharm. Bull., 64, 1533‒1538 (2016)10) Soleimany, A.P., et al., Trends Mol. Med., 26, 450‒468 (2020)11) Funatsu, T., et al., Nature, 374, 555‒559 (1995)12) Watanabe, R., et al., Nat. Commun., 5, 4519 (2014)13) Rondelez, Y., et al., Nat. Biotechnol., 23, 361‒365 (2005)14) Sakamoto, S., et al., Sci. Adv., 6, eaay0888 (2020)15) Bernhard, A., et al., Exp. Biol. Med., 74, 164‒167 (1950)16) Ueno, H., et al., Protein Sci., 30, 1628‒1639 (2021)17) Obayashi, Y., et al., Analyst, 140, 5065‒5073 (2015)18) Gilboa, T., et al., Biophys. J., 121, 2027‒2034 (2022)19) De Monte, L., et al., Cancer Res., 76, 1792‒1803 (2016)20) Mardjuki, R., et al., bioRxiv., DOI: 10.1101/2024.01.12.575449. (2024)21) Sakamoto, S., et al., Cell Rep. Methods, 4, 100688 (2024)22) Fukase, K., et al., Synlett, 2342‒2346 (2005)23) Nagano, N., et al., Chem. Sci., 14, 4495‒4499 (2023)が、疾患という共通の敵に向かうため、本技術が新しい薬の開発やその効果の最大化を目指す際の良きパートナーとして多くの基礎・臨床研究に活用されていくことを強く期待する。謝辞 本研究の遂行にあたりご指導をいただいた東京大学大学院薬学系研究科 長野哲雄先生、浦野泰照先生、共同研究をさせていただいた東京大学大学院工学系研究科 野地博行先生、名古屋市立大学大学院薬学研究科 中川秀彦先生、川口充康先生、広島大学大学院医歯薬保健学研究科 小池透先生、血液検体をご提供いただいた国立がん研究センター中央病院肝胆膵外科 奈良聡先生、国立がん研究センター中央病院肝胆膵内科 森実千種先生、肱岡範先生をはじめとする先生方、本研究の契機となる共同研究の機会を与えていただいた科学技術振興機構(JST)落合恵子様、一緒に研究を進めてきた薬品代謝化学教室の皆さまに厚く御礼申し上げます。本研究はJST、日本医療研究開発機構(AMED)、科研費、内藤記念科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、中外創薬科学財団、MSD生命科学財団をはじめとする機関の支援を受けて実施されたものであり、この場を借りて御礼申し上げます。

元のページ  ../index.html#30

このブックを見る