4. 多様性を研究に活かすためには5. おわりに:海外赴任を終えて今思うこと724-1.自分の考えを伝える重要性 ある問題に対してその対応策に関するディスカッションをしていると、一般論としてのコメントではなく、自分の意見をはっきりと言う状況に何度も遭遇した。他の研究者の意見に流されることなく、それぞれの研究者が独自に問題の原因を推定し、その原因に基づく対応策について自分の考えをはっきりと述べる研究者がほとんどであった。すなわち、10人の研究者とディスカッションすれば、10個の原因が推定され、10個の対応策が得られるのである。このように、各研究者が自分の意見をはっきりと伝え、チームで共有することができれば、チームとして多様な対応策を考えることができ、結果として問題解決の可能性は大きく向上することとなる。 このように書くとそんなことは当然やっているとお叱りを受けるかもしれない。しかしながら、本当にそうであろうか。何らかの問題が生じた際、その原因を考えることなく、過去の類似した経験を思い出し、そのときにとった対応を現在の問題にも適用してはいないだろうか。表面的に類似した問題は創薬ではよく起きる事象であるが、その深層にはその時々において異なる原因が潜んでいると思われる。したがって困難な問題に取り組む際には、多様な視点で原因を推定し、これに基づいた対応策が必要となる。このためにも、各個人が自分の考えをはっきりとチームメンバーに伝え、議論し、協力して問題に取り組む必要があると筆者は考える。 なお、伝え方も重要である。赴任先では、専門が異なる研究者によってチームが構成されていたため、相手に伝わりやすい言葉を選びつつ論理的かつ丁寧に話すよう皆努力していたと思う。その結果、論点を明確にすることが可能となり、有意義なディスカッションができたと感じている。4-2.相手の考えを聴く重要性 日本と比べて、赴任先では相手の意見をしっかりと聴 ここまで述べてきたように、赴任先には多様性を高める仕組みが存在したが、このような仕組みさえあれば多様性を研究に活かせるのであろうか。筆者は、それだけでは不十分と考えている。では、多様性を研究に活かすためにはどのような工夫、努力が必要になるのであろうか。筆者が重要と考える3点を以下に記す。4-3.意思決定プロセスの重要性 何らかの問題が生じた際、「多様性」を有するチームは、複数の原因を推定し、複数の対応策を講じることができる点で非常に有利であると述べてきた。ただし、ここで1つの問題が生じる。複数存在する対応策の中でどれをチームとして選択するかという問題である。これについては、チームミーティングでのPIの振る舞いが 1つの回答となる。我々の共同プロジェクトではPIが決定権をもっており、問題が生じた際にはチームメンバーから生まれたさまざまなアイデア・意見を俯瞰的に捉 え、PIの責任においてその時点でベストと考えられる対応策を選択していた。もちろん、選択した理由については必ずPIから説明があった。このような意思決定プロセスがしっかりと構築されていることも、「多様性」がもつ強みを研究に活かせる要因であると感じた。 なお、筆者がお世話になったPIは非常にバランスが取れた方であった。プロジェクトの方針を決定し、それを基に研究を進めることはもちろんだが、各個人のアイデアを排除することなく、プロジェクトの方針と個人のアイデアを両立させるようバランスを上手にとってくれていたように思う。チームミーティングと1 on 1 meetingを両方実施しているのは、このためでもあったのだろう。いている印象があった。先に述べたことと一部重なるが、多様なバックグラウンドをもつ研究者同士では考え方が大きく異なり、しっかり聴かないと何を言いたいかがわからないためである。筆者の拙い英語もしっかりと聴いて、内容を適宜確認しつつ、コメントをしてくれたのは非常にありがたかった。また、自分の知らないことは積極的に質問する姿勢にも感銘を受けた。相手の考えを理解するために、自分の知らないことをそのままにしない姿勢は筆者も学ばないといけない。 1年半という期間ではあったが、国籍・人種・専門が異なる研究者と一緒に「多様性」を感じながら研究に取り組み、研究者として成長できた部分が多々あったと感じている。また、彼らとの研究生活を通じて、専門性の幅を広げ自分の中の「多様性」を育むことの重要性も実感した。このような経験もあり、帰任後はAI技術やケモインフォマティクスといった筆者自身にとって未知な分野へも一歩踏み出すことができた。
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