3. 海外研究生活で触れた多様性70写真1 自宅周辺の様子種システム・ルールの習得、有機合成実験に関する安全衛生教育の受講、実験環境の構築など、慌ただしく過ごした。また、ラボマネージャーという実験室の維持・管理業務を担当されている方から、実験器具や試薬の保管場所、廃液の取り扱いなどのトレーニングも受けた。一方で、NMRやLC-MSなどの分析機器は別のグループが所有していたため、これらの機器を使用するためには、事前に担当者からのトレーニングを受ける必要があった。なお、この担当者にトレーニングを依頼した際、「明日から10日ほど休暇をとるのでその後にしましょうね」と言われたのは強く印象に残っている。 実験室は仕切りのない1つの大きな部屋となっており、主に化学・生物学を専門とする30名程度の研究者が同じ部屋で実験する環境であった(もちろん特殊な実験を行う際は、専用の実験室に移動した)。また、研究者同士の距離が空間的に近いこともあり、専門分野に関わらずいたるところでディスカッションが行われていた。通路を挟んで向かい側にはコーヒーを飲んだり談笑するスペースも設けられており、ここでも研究者同士が積極的にコミュニケーションをとっていた。 プロジェクトメンバーは、ケミカルバイオロジーを専門とするPI(Principal Investigator)を中心に、化学・生物学・データ解析をそれぞれ専門とする研究者7、83-1.個人としての多様性 プロジェクトメンバーの多くは米国人であったが、周囲を見渡すとヨーロッパやアジアなどさまざまな国、地域出身の研究者がおり、(筆者自身も含めて)さまざまなアクセントの英語が飛び交っていた。また、化学や生物学を専門とする研究者だけではなく、データサイエンティスト、タンパク質の構造解析チーム、化合物ライブラリーの構築・管理を担当する方々など、多くの専門が異なる研究者が同じフロアで業務に取り組んでおり、赴任前に想像していたとおりの「多様性」が存在していた。ただし、多くの方がイメージされるこのような「多様性」だけが存在していたわけではなかった。筆者にとって強く印象に残った多様性について紹介する。 さて、完全な私見となってしまい申し訳ないが、多くの日本人研究者は一つの専門分野を深く追求する傾向があると感じている。一方、赴任先で出会った研究者の多くは特定の専門分野に加えて、別の分野についても積極的に学んでいた。例えば、隣で実験していたケミストはAIに関する知識をもっていたし、後ろのケミストは統計学を勉強していた。このように、彼らは複数の分野を学ぶことで他人とは異なる視点で研究に取り組もうと努名で構成されていた。各研究者は週1回、PIと1 on 1 meetingを実施し、進捗報告や結果の解釈、今後の計画についてディスカッションを行う。また、これとは別にプロジェクトメンバー全員が集まって各研究者の研究結果についてディスカッションするチームミーティングが隔週で設けられていた。筆者はあまり英語が得意ではなかったことから、これらのミーティング前は毎回必死に準備した。また、専門外で理解できなかった部分については、1 on 1 meetingを活用し、PIに懇切丁寧に説明していただいた。 2020年に入ってからは新型コロナ感染症の感染拡大があり、一時的ではあったが研究所閉鎖という厳しい状況に遭遇した。このときは心身ともに本当につらい時期であったが、オンラインミーティングを通じてチームメンバーとコミュニケーションがとれたおかげで、何とか乗り切ることができた。 ここで本題の「多様性」の観点から研究生活を振り 返ってみたい。
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