4. 本特集の紹介3. 低分子創薬リターンズ18治療を施す、いわゆる個別化医療の実現が重要なものである。この層別化のため、創薬研究をコンパニオン診断技術開発といかに並行して進めるかも、現代の創薬を成功させる鍵となっている。さらに創薬における一つの重要な手法であるスクリーニングに関しても、これまで主流であったin vitro系でのhigh throughput screening(HTS)だけでなく、さまざまな生理活性分子が非常に高い濃度で存在し、夾雑的な環境である細胞内でHTSを行うことも求められている。これを達成するための新たな技術も、近未来の創薬に必須の技術となることは間違いない。 別の観点からの要請として、疾患の社会的側面に即した創薬も強く求められている。近年の精密医療は非常に高額な薬剤によって実現されている場合もあるが、わが国では高額な薬剤であっても国民の多くがその恩恵を受けることができるように、国民皆保険制度や高額療養費制度によって、患者さん個人の負担を抑えている。しかしこれは税金が投入されて成立している状況であり、高額薬剤投与の対象となる患者さんの数が多くなると、医療財政は破綻してしまう。例えば、がんは年間100万人の新規罹患者が出る病気であり、医療経済の持続可能性を考えると、高額薬剤をすべての患者さんに投与することは非常に難しい。 上記の観点からは、最も古典的なモダリティであるが、製造や品質管理の観点で最もコストがかからない低分子薬剤が再び注目されている。さらに細胞内に容易に導入可能であり、細胞内分子をターゲットとするアンメットメディカルニーズを満たす薬剤開発が可能な点も大きな魅力である。もちろん、ターゲット選択性をいかに確保し、動態・代謝をいかに制御して目的の薬効を発揮させるのかなど、今後の研究で解決しなければならないことも多いのは事実であり、すべての疾患を低分子薬剤で克服することは難しいかもしれない。しかし低分子薬剤であっても、抗体・mRNA医薬などの高額精密医療と同等、あるいはそれ以上の治療効果を発揮する分子を、従来とは異なる発想や戦略に基づいて設計・開発することは十分に可能である。さらに個別化医療の成立に必須となるコンパニオン診断を、ライブ環境で実現する低分子機能性分子も同時に開発することも可能であるなど、低分子薬剤の設計可能性の高さに、改めて世界的な注目が集まっている。 そこで本特集では、低分子機能性分子の分子設計において、近年画期的な成果を上げている4つのグループに、当該領域の現状や新技術の特長に関する原稿執筆を依頼した。いずれのグループも、疾患の特徴を生きている状態で捉える計測・検出技術を、独自の発想や戦略によって構築し、そこから新たな低分子薬剤開発や疾患克服を目指す研究を精力的に遂行している。 まず東工大の神谷グループには、新たな発想に基づくラマンプローブ開発に関する解説をお願いした。ラマンイメージングは細胞や動物個体を生きたまま観測できる技法であり、蛍光法に比べて圧倒的に優れたシグナル分解能をもつことから、多くの観測対象分子の同時検出が原理的に可能である。唯一の欠点であった感度の問題も、新たな光学技術の開発により克服されつつあり、神谷グループでは新たな高機能性ラマンプローブを分子設計することで、多くの酵素活性の同時ライブラマンイメージングを達成した。 次に東大の山東グループには、in vivo深部のイメージングが可能なMRIに基づく、新たな代謝活性イメージングプローブの開発成果に関する解説を依頼した。超偏極MRIは通常のMRIの感度を劇的に改善するイメージング技術であるが、山東グループでは超偏極寿命が長い分子プローブを独自の発想に基づいて開発することに成功し、実際に生細胞内の酵素活性を検出可能な超偏極MRI分子プローブを開発し、腫瘍部位において亢進している特定酵素活性の検出を達成した。 九大の山田グループには、フェロトーシスや炎症反応に密接に関与していることが報告されている脂質由来ラジカルの検出法と、その阻害剤探索に関する最新の成果を紹介していただいた。山田グループでは、脂質ラジカルのライブイメージングを達成する蛍光プローブの開発に成功し、さらにその系を用いて脂質ラジカルに対する阻害剤を探索し、疾患モデル動物の病態進展に対して保護効果を示す新規化合物を見出した。これらの成果はプローブ設計法の新しさだけではなく、脂質ラジカルが関与する疾患に対する新たな医療技術の創製につながるものであり、注目に値する。 最後に甲南大の三好グループには、細胞内の分子夾雑環境で熱力学的に安定化する核酸の非標準構造と、それ
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