MEDCHEM NEWS Vol.33 No.4
6/60

2. 創薬標的としての核酸、RNA〔SUMMARY〕1. はじめに158MEDCHEM NEWS 33(4)158-164(2023)Keyword RNA, small molecules, drug discovery*1 大阪大学 産業科学研究所 精密制御化学研究分野 教授 中谷和彦Kazuhiko Nakatani*1 RNAを標的とした低分子創薬研究が加速している。2020年、脊髄性筋萎縮症(Spinal Muscular Atrophy:SMA)の治療薬として開発された低分子Evrysdi®(化合物名:リスジプラム)1)は、SMA患者の運動機能および生存の改善と維持を示す初の経口薬として、米国FDAにおいて、そしてわが国においても承認された。Evrysdi®は、Survival Motor Neuron 2(SMN2)遺伝子のpre-mRNAのスプライシングを改善する。ヒトゲノムの解析終了後のENCODEプロジェクトの結果、ヒトゲノムの大半はnon-coding RNAとして、我々の生命維持に関わっていることがわかっている。Evrysdi®で示されるmRNAを標的とした創薬研究に加え、non- coding RNAを対象とした創薬研究が進めば、細胞内にあふれる多様な機能性RNAの発現調節や機能調節が可能となり、これまでのタンパク質の発現と機能調節とは異なる治療戦略が視野に入る。本稿では、筆者らが開発 RNAを標的とした低分子創薬研究が加速している。ヒトゲノムの解析が始まる以前から、RNAが創薬標的となる可能性についてはたびたび指摘されていたが、残念ながらわが国ではRNAを標的とした低分子創薬研究は重要視されてこなかった。筆者の研究室では、「核酸に結合する低分子が生体内の機能発現制御に関与しうる」という事実を一つでも多く提示し、アカデミアのみならず産業界においても、核酸標的低分子創薬の可能性を感じ取ってもらうこと、さらには、わが国の製薬企業にRNA標的低分子創薬に向けた最初の一歩を踏み出していただけるきっかけとなることを目標としてきた。本稿では、筆者のこれまでの研究を紹介するとともに、現在多くの人々が注目しているRNA標的低分子創薬の課題とその可能性について私見を述べたい。Small molecule drug discovery research targeting RNA is accelerating. Although academia has long suggested that RNA is a potential drug discovery target, the proposal has been neglected in our country. In my laboratory, our goal has been to present as many facts as possible that “small molecules that bind to nucleic acids can be involved in the regulation of functional expression in vivo” so that not only the academic world but also the industrial world can realize the potential of the combination of small molecules and nucleic acids. In the following, I would like to introduce my research to date, and give my opinion on the challenges of RNA-targeted small molecule drug discovery, which is now attracting the attention of many people.してきたDNAやRNAの特異構造に結合する低分子化合物とその効果を紹介する。詳しくは拙著を参考いただきたい2)。 ここ5年ほど、急に「モダリティー」という言葉を聞くようになった。地道な化学研究者には「RNAが新しいモダリティーだ」といわれてもピンとこない。「RNA標的低分子創薬」といわれると、「そんなこと、昔から何度も繰り返しアカデミアから発信してきたではないか」という思いがこみあがるとともに、筆者らが20年以上前から研究してきたことに、やっと皆さんの興味が向いてきたのかという、なんともやるせない気持ちになる。 「RNA as a drug target」でネットを検索すると、この5年の間に多くのレビューが発表されていることが わかる。古い論文を探すと、「RNA as a drug target: chemical, modelling, and evolutionary tools」と題した論文が1998年に発表されている3)。また前年の1997年には、「RNA as a drug target」とズバリの論文4)や、 「A Structural Basis of RNA-Ligand Interactions」とProfessor, SANKEN Osaka UniversityExpectations and Challenges for RNA-Targeted Small Molecule Drug DiscoveryRNA標的低分子創薬への期待と課題

元のページ  ../index.html#6

このブックを見る