1942-2.超音波アミロイド誘導装置 本研究では、透析アミロイドーシスの発症リスクを実験的に研究するために、β2mのアミロイド線維形成反応を実際の透析患者血清存在下で分析した7)。生理的条件に近い溶液条件下では、アミロイド線維形成反応は、核形成のエネルギー障壁が高いため、観察するのが困難である。そこで本研究では、独自に開発した超音波アミロイド誘導装置8,9)を用いて強制的にアミロイド線維形成反応を誘導し、血清成分と形成されたアミロイド線維の量や形成に要する時間の相関を調べることで、透析アミロイドーシスの発症リスク因子を解明することを目指した。 超音波照射によりアミロイド線維形成反応が促進される機構10)について簡単に紹介する。溶液に超音波を照射すると、超音波がもたらす負の圧力変動により、溶液中にキャビテーションと呼ばれる気泡が発生する。この気泡の直径は10μm程度である。気泡の表面にタンパク質分子の疎水的な部位が引き付けられる。また、超音波がもたらす圧力変動に伴いこの気泡は膨張・収縮を繰り返し、気泡が収縮した際に表面に引き付けたタンパク質分子を局所的に濃縮する。局所的な濃度上昇は、言い換えると、局所的な過飽和度の上昇であり、溶質の過飽和状態を解消し、アミロイド線維形成の起点となる凝集て発症する全身性アミロイドーシスである。この疾患は、β2ミクログロブリン(β2m)と呼ばれるタンパク質のアミロイド線維が関節や腱に沈着することが原因で発症する5)。β2mは、有核細胞表面に存在し、体内で絶えず生産され、健常者の体内においては、β2mは腎臓で分解・再吸収されることで、その血中濃度が1μg/mL程度に保たれる。しかし、透析患者は腎機能に問題を抱え、β2mの血中濃度が30μg/mL程度にまで上昇する。また、透析治療を受ける期間が長期化すると発症リスクが上昇することが知られており、日本国内の症例においては、透析歴5年未満ではほとんど発症は見られないが、透析歴20年を超えるとおよそ10人に1人が発症する6)。これらのことから、透析アミロイドーシス発症の第一、第二のリスク因子は、血中β2m濃度の異常な上昇と長い透析歴であると考えられてきた。しかしながら、これらのリスクを有する透析患者が必ずしも透析アミロイドーシスを発症するわけではなく、他にも発症 を制御する潜在的な因子が存在することが示唆されて いた。2-3.血清アルブミンの濃度低下とアミロイド形成リスク 開発した超音波アミロイド誘導装置を用いて、透析アミロイドーシスの発症因子を探索する研究を行った7)。はじめに、この疾患の原因タンパク質であるβ2mモノマー溶液を準備し、中性pH条件下で線維形成を超音波により誘導できる条件を確立した。線維形成実験の結果をFig. 2(a)に示す。静置条件下では起きなかったアミロイド形成反応を超音波照射により誘導できたことを示す結果である。この反応条件を標準条件として、ここに血清検体を異なる添加量で添加し、アミロイド線維形成反応に対する血清の効果を調べた。Fig. 2(b)に示す結果より、血清成分の添加によりβ2mのアミロイド線維形成は阻害されることが示された。この結果から生体内において血清因子がアミロイド線維形成反応を抑制するように作用していることが示唆される。 次に、30名の長期透析患者と30名の健常者から採取した血清検体をβ2mモノマー溶液に添加し、各群血清のβ2mアミロイド線維形成反応に対する影響を超音波アミロイド誘導装置により調べた。結果をFig. 2(c)に示す。Fig. 2(c)の縦軸はThT蛍光強度で、透析患者群の血清を添加した試料のThT蛍光強度は、健常者のそれと比して高く、多くのアミロイド線維が形成されたことを示唆している。この結果から、透析患者の血清環核の形成を引き起こす(Fig. 1(a))。 この効果に着目して開発した超音波アミロイド誘導装置の外観図をFig. 1(b)(c)に示す。開発した超音波装置は、市販の96ウェルマイクロプレートに封入されたタンパク質溶液に対し、各ウェルに配置された超音波振動子を用いて超音波を照射する。この超音波振動子の共振周波数は30kHzであり、先行研究で実験的に求めた核形成を誘導するために最適な周波数10)に設定した。また、タンパク質溶液のアミロイド線維形成反応は、プレートの下方に設置した光学系を通して、タンパク質溶液に混合したチオフラビンT(Thioflavin-T:ThT)蛍光分子の蛍光強度を経時的に測定することで評価した。ThT蛍光分子は、アミロイド線維が有する規則構造に特異的に結合した際に強い蛍光を発するため、ThT蛍光強度の経時変化を追跡することで、アミロイド線維形成が起きた時間や形成量を評価することができる11)。この装置に設置可能なマイクロプレートの1ウェルあたりの容量は200μLであるため、少量の試料を用いた実験が可能である。
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