〔SUMMARY〕 2019年末に中国・武漢で発生したSARS-CoV-2を原因ウイルスとする新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界中に甚大な災禍をもたらし、3年半以上経った今もなお、感染が完全には終息していない。筆者らの研究室では以前から、同じRNAウイルスに属するHIVに関して、抗ウイルス剤の創製研究を行ってきた。そこで、コロナ禍において治療薬が求められるなか、筆者らのHIV研究を生かし、抗SARS-CoV-2剤の創製に取り組んだ。その結果、保存性が高いメインプロテアーゼを標的とした阻害剤の創製に成功した。本研究で創出した阻害剤は、臨床で使用されているnirmatrelvirやensitrelvirよりも強い活性を有しており、変異株に対応可能な治療薬の開発へ展開できる可能性がある。The COVID-19 pandemic, which was caused by a positive-strand RNA virus SARS-CoV-2, has expanded throughout the world and continues for more than three years. In the past three decades, we have been developing anti-HIV-1 agents including protease inhibitors. According to the classification of viruses, HIV-1 and SARS-CoV-2 belong to RNA viruses and have some common characteristics. Therefore, we envisioned to apply our obtained knowledge and achievements in the researches on HIV/AIDS to the development of novel SARS-CoV-2 main protease (Mpro) inhibitors. As a result, potent and biostable inhibitors against SARS-CoV-2 Mpro were designed and synthesized. MEDCHEM NEWS 33(4)187-192(2023)187Keyword SARS-CoV-2, main protease inhibitor, COVID-19, fluorine scan, thioamide*1 東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 教授 玉村啓和Hirokazu Tamamura*1Professor, Institute of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University (TMDU)成に必要な種々のタンパク質が生成される。これらがさらに複製、翻訳された後、組み立てられ、ウイルス粒子を形成する。最後に、形成されたウイルス粒子は細胞外へ放出される。 Mproはシステインプロテアーゼに属する酵素であり、タンパク質のグルタミン残基を認識することで特異的に切断し、ウイルス複製に必要不可欠なタンパク質を生成する機能をもつ1)。このプロテアーゼはウイルス株における配列の保存性が高く、変異が起こりにくいとされており、SARS-CoV-2やその変異株に限らず、SARS-CoVやMERS-CoVといったコロナウイルス科の多くに共通して存在し、SARS-CoVとSARS-CoV-2のMproのアミノ酸配列は96%の相同性がある。上記のように、ウイルスの増殖機構において機能性タンパク質生成に必須となるため、Mproは抗ウイルス剤の開発において重要な標的となっている。2. 現状のCOVID-19治療薬 COVID-19によって世界的な危機に陥っている当時、COVID-19の治療薬研究は最重要課題として全世界で盛んに行われた。図1に示すようなウイルスの複製機構に基づき、治療薬の多様な標的が考えられる。抗体以外に、1.はじめに 2019年に中国の武漢ではじめて報告された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)1)は、一本鎖(+)鎖RNAウイルスSARS-CoV-2を原因ウイルスとし、肺炎や発熱、味覚嗅覚障害等を引き起こす疾患である。この感染症は2023年8月までに、世界で7.69億人以上の感染者、695万人以上の死亡者が確認され、全世界で重篤なパンデミックが進行した2)。多数のワクチンの開発にも関わらず、感染拡大が収まらず、次々と新たな変異株が出現した。3年半以上経った今もなお、感染が終息したとはいえない。 SARS-CoV-2の感染は、図1に示したとおり、ウイルスのスパイクタンパク質と宿主細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の相互作用から始まる。次に膜貫通セリンプロテアーゼ2(TMPRSS2)により活性化され、膜融合が起こる。その後、侵入したウイルスは宿主細胞質内で脱殻しゲノムRNAが放出され、リボソームによりポリペプチド鎖へ翻訳される。これをウイルスのメインプロテアーゼ(Mpro)が切断し、ウイルスの構Development of anti-SARS-CoV-2 agents based on HIV researchesHIVの研究を基盤とした抗SARS-CoV-2剤の創製
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