184テロアリール環のわずかな幾何学的差異が、HDAC8阻害活性だけでなくHDAC8選択性に重要であることを示唆している。 次に、NCC-172(2)を子宮頸がん細胞HeLaに処理し、細胞内のアセチル化コヒーシン(HDAC8の基質)量とアセチル化ヒストン(HDAC1/2の基質)量、アセチル化チューブリン(HDAC6の基質)量をウェスタンブロット分析により評価した。その結果、NCC-172 (2)は、濃度依存的かつ選択的にコヒーシンのアセチル化を増加させた。これらの結果から、NCC-172(2)は細胞内においても他のHDACよりもHDAC8を選択的に阻害することが示唆された。さらに、HDAC8がT細胞白血病細胞の増殖に関与していることから、NCC-172(2)のヒトT細胞性白血病細胞Jurkat細胞に対する細胞増殖阻害活性を評価した。その結果、NCC-172(2)は、Jurkat細胞に対して、中程度の増殖阻害効果を示すことがわかった(GI50=7.1μM)。以上のように筆者らは、NCC-149(1)よりも強力かつ選択的なHDAC8阻害薬としてNCC-172(2)を見出すとともに、NCC-172(2)が抗がん活性を示すことを明らかとした。4. HDAC8 PROTAC 3cへの展開 上述したように筆者らは、HDAC8を強力かつ選択的に阻害するNCC-172(2)を創製した。一方、HDAC8は、触媒機能だけでなく、転写因子などのタンパク質と相互作用する足場機能も有している。HDAC8阻害薬は触媒機能しか阻害できないため、筆者らは触媒機能と足場機能を共に阻害できる分子として、近年発展が目覚ましいPROTACに着目した。以下、NCC-172(2)を親化合物としたHDAC8 PROTACの創製について紹介する。 PROTACは、目的タンパク質(POI)リガンドに対してユビキチンリガーゼ(E3)リガンドを連結させたキメラ分子であり、POIのユビキチン化およびプロテアソーム分解を誘導する創薬モダリティである(図4A)10)。PROTACは、細胞内のPOI量を減少させるため、POIのすべての機能を抑制することができる。すなわち、HDAC8に対するPROTACは、HDAC8の触媒機能と足場機能の両方を阻害すると期待できる。そこで筆者 らは、HDAC8選択的阻害薬NCC-172(2)を基に、HDAC8 PROTACの創製に着手した。 まず、適切なリンカー連結位置を特定するために、Schistosoma mansoni HDAC8のヒト化変異体とNCC-149(1)との複合体X線結晶構造(PDB ID: 6HSG)11)を基に、HDAC8とNCC-172(2)のドッキングスタディを行った。その結果、NCC-172(2)のヒドロキサム酸構造はHDAC8の亜鉛イオンに配位し、フェニル基はHDAC8の表面に露出していることが示唆された。このことから、フェニル基のメタ位がリンカー導入の候補部位として期待された。そこで、3種類のリンカー長(C5、C8、C11)、およびPROTAC創製に頻用されているポマリドミドをE3リガンドとして選択したPROTAC候補化合物3a-3cを設計、合成した。また、メタ位の優位性を示すために、パラ位にリンカーを導入した化合物3dも設計、合成した。 合成した化合物3a-3dを、Jurkat細胞に処理し、HDAC8分解誘導活性を評価した。その結果、図4Bに示すように、化合物3cの分解誘導活性が最も高く、その50%分解濃度(DC50)は0.702μMであった。また、化合物3dは分解誘導活性を示さなかったことから、リンカー導入部位はフェニル基のメタ位が適切であることがわかった。次に、化合物3cのHDAC8選択性を調べた。化合物3cを、Jurkat細胞に処理したところ、細胞内のHDAC1、HDAC2、HDAC6量に影響を与えることなく、HDAC8量を減少させることがわかった。また、細胞内におけるアセチル化ヒストン量やアセチル化チューブリン量を変化させることなく、アセチル化コヒーシン量を増加させた。これらのことから、見出したPROTACは、HDAC1、HDAC2およびHDAC6の触媒活性に影響を与えることなく、HDAC8を選択的に分解することがわかった。また、化合物3cの分解誘導活性は、ユビキチン活性化酵素阻害薬またはプロテアソーム阻害薬によって阻害されたことから、化合物3cによるHDAC8の減少は、ユビキチン-プロテアソーム系を介した分解によることが確認された。 最後にNCC-172(2)と同様に、Jurkat細胞に対する分解誘導活性を調べた。その結果、化合物3cのin vitroでのHDAC8阻害活性は親化合物であるNCC-172(2) よりも低いにもかかわらず(2:IC50=0.053μM、3c:IC50=0.372μM)、化合物2に比べ、化合物3cは約9倍高い増殖抑制効果を示した(2:GI50=7.1μM、3c:GI50=0.78μM)。一方、ポマリドミドは30μMにおいても細胞増殖阻害活性を示さなかった。以上のように、HDAC8 PROTACの創製に成功するとともに、従来 の阻害薬とPROTACの比較から、PROTACによるHDAC8の触媒機能と足場機能の両阻害は、触媒機能阻
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