MEDCHEM NEWS Vol.33 No.4
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〔SUMMARY〕1.はじめに2. 便微生物移植用のヒト便サンプルの医薬品化170MEDCHEM NEWS 33(4)170-175(2023)Keyword Microbiota, Microbiome, Dysbiosis, Drug development, Fecal Microbiota transplantation, Live Biotherapeutic Products*1 慶應義塾大学 薬学部 創薬研究センター 教授 金倫基Yun-Gi Kim*1 分子生物学的・生化学的解析技術の進歩とあいまっ て、腸内環境(マイクロバイオーム)研究は、わずか十数年の間に急速に進展した。その結果、炎症性・代謝 性・神経変性疾患などの多様な疾患と腸内細菌叢構成異常(ディスバイオーシス)との関連性が数多く報告された。そして、ヒトマイクロバイオームの組成や機能を解析し、新たな治療標的とバイオマーカーを探索することにより、疾患の予防や治療に有効なマイクロバイオーム医薬品を開発する取り組みが世界で行われている。 マイクロバイオーム創薬で現在最も焦点が当てられている疾患領域の1つは、再発性Clostridioides difficile感染症(recurrent C. difficile infection:rCDI)である。米国では、毎年約50万人がCDIを発症し、また、再発 腸内細菌叢(腸内マイクロバイオータ)の構成異常(ディスバイオーシス)が多様な疾患と関連していることが、近年数多く報告されている。実際に、腸内ディスバイオーシスの改善が、疾患の治療や予防、病態軽減に結びつく可能性が示唆されている。そのため、腸内環境(マイクロバイオーム)を改善することにより、疾患を治療するマイクロバイオーム医薬品の開発に取り組む企業が世界中で設立されている。マイクロバイオーム医薬品の開発は、過去10年間で大きな関心を集めてきた。しかし、最近の臨床的および規制上のサクセスストーリーがある一方で、さまざまな理由から、複数のマイクロバイオーム創薬企業で事業の再編や見直しも起こっている。そこで、本稿ではマイクロバイオームに焦点を当てた創薬研究の開発状況について、筆者自身の経験も交えながら論じたいと思う。In recent years, accumulating evidence indicates that dysbiosis of gut microbiota is associated with various diseases. In fact, restoring gut dysbiosis may lead to disease treatment, prevention, and alleviation of pathology. Therefore, many companies are being established worldwide to develop microbiome drugs that cure and prevent diseases by improving the gut environment (microbiome). The development of microbiome drugs has received a great deal of interest over the past decade. Although there have been clinical and regulatory success stories, there have also been layoffs and bankruptcies at multiple microbiome companies for several reasons. In this section, I would like to discuss the development status of drug discovery focusing on the microbiome, including my own experiences.例も多く、推定29,300人が死亡している。rCDIに対して、便微生物移植(Fecal Microbiota transplantation:FMT、健康な人の便〔微生物叢〕を投与することにより腸内環境を変え、その変化によって症状を改善することを目的とする治療法)が著効することが2015年に報告されて以来1)、rCDI患者にとって最も効果的な治療法として、多くの臨床医に受け入れられている。そのため、マイクロバイオーム創薬の最初の波は、rCDIを治療するためのFMT用のヒト便サンプル、または腸内細菌の生菌製剤(Live Biotherapeutic Products:LBPs)に集中しており、臨床試験においても良好な成績を収めている(表1)。 そして2022年11月には、オーストラリアのBiomeBank社が提供するFMT用のヒト糞便サンプルBiomictra™が、rCDIに対する生菌製剤(Biologics)として、同国の医薬品・医療機器の管轄機関にあたる保健省薬品・医薬品行政局(Therapeutic Goods Administration:TGA)によって、世界ではじめて承認された。また、同月に、スイスのFerring PharmaceuticalのRebyota®2)が、rCDIに対する経腸製剤として米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)で医薬品承認された。Professor, Research Center for Drug Discovery, Faculty of Pharmacy, Keio UniversityThe current situation in microbiome drug developmentマイクロバイオーム創薬の現状

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